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日記・コラム

民主主義のはなし2−安易に多数決で決めないこと−

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平成20年8月4日(月)

 

皆さん、こんにちは。

暑い日が続いていますね。体調管理大丈夫ですか?

 

2日(土)は、町内会の夏祭りで、マシーンの如く焼き鳥を焼きまくりました。

多分1000本くらい焼いたのじゃないかな?

暑かったです!辛かったです!でも、いい夏の思い出(?)になりそうです。 

 

さて、前回に引き続き、中学生を対象にした「民主主義」の法教育授業をしますね。

 

『 皆さん、こんにちは。

 

前回は、集団がある以上、個人と個人の自由を調整するために、みんなが安心して便利に暮らせるようにルール、法律がきめられる必要があることをお話しました。

 

そして、そのルールや法律は、王様といった特定の人が決めるのではなくて、みんなで話し合って決めるのがいいこと、そのような決め方を「民主主義」ということをお話しました。

 

もともと、ルールや法律を決めたのって、何のためだった?

王様が、好きなようの国を動かすため?自分が贅沢をするため?

違うよね。 

確かに昔は、国や王様や特定の集団のために、法律を決めて、国の政治を批判する国民を処罰したり、税金をしぼりとったりということもあった。

 

でも今は、そんな考え方は否定される。

では、何のためにルールや法律はあるのだろうか?

 

それは、一人ひとりの幸せの追求が目的となっている。

人が集まったときに、必ず起こってくる自由と自由の調整をはかって、一人ひとりが安全に快適に暮らせるようにしくことを目的にしているんだ。

 

国や特定の団体のためではなく、あくまで、個人の幸せが念頭にある(実は、このことが忘れがちになってしまうのだけれど、憲法は、そのことをはっきり規定している)。

 

僕は、ここで大声で歌いたいんだ!と思っていても、仮にそこが図書館だったら、実際にそんなことをしたら、静かに本を読んでいる人たちにとってはえらい迷惑だよね。図書館で歌うことは禁止されている。

 

「図書館では、静かにすること」というきまりは、図書館は、本を読む場所なんだから、図書館で静かに本を読む人の利益を守っている。歌を歌うような場所ではないから、歌を歌う自由はそこでは保護されない。制限される。

 

キミ達は、タバコは吸ってはいないと思うけど(吸ってはいけないよ!)、

大人では、タバコが好きな人とタバコの煙が嫌いな人が別れている。

タバコの好きな人は、吸いたいときに一服したい。でも、そこにタバコの煙が嫌いな人がいたら、吸ってもらいたくない。煙がきたら、露骨に嫌な顔をしたり、手で煙を払ったりする人もいるだろう。

 

場所によっては、ここは禁煙ですとか、タバコはこの場所で吸ってくださいと喫煙室が設けられていたりするよね。ハンバーガーショップやファミレスでも、喫煙できる場所と、禁煙の場所とかが別れていると思う。

吸いたい人とタバコの煙が嫌な人との自由が、ここでは禁煙とか、ここでタバコが吸えるのは、この部屋だけというようなきまりで、調整されているんだね。

 

こんなことから、ルールは必要になってくるのだけれども、それはあくまで、吸いたい人個人の自由と煙が嫌な人個人の調整のためなんだ。

 

では、民主主義の決め方ってどういうことなんだろう?個人の幸せを意識した決め方ってどうすればいいのだろう?

 

キミは「民主主義=多数決」って思っているかも知れないね。 

 

でも、多数決で決めさえすれば、民主主義といえるのかな?

個人の幸せにとって多数決にさえしておけば、それがよい決め方といえるのかな?

 

ある会社で、喫煙グループの人達(タバコを自由に吸いたい!)と嫌煙グループの人達(タバコの煙が大嫌いだ)とに別れました。嫌煙グループが、煙が嫌いだから、社内全面禁煙という社内規則を作ろうと言い出し、両グループが話し合うことにしました。

 

ここで、仮に喫煙グループが多数で、俺たちが多数なんだから、煙ぐらいがまんしてよ、というような感じでいきなり多数決で、「これまでどおり自由にタバコを吸ってもよい。」と決めるのはどうかな?

逆に、嫌煙グループが多数をしめていて、「これから、社内、全面禁煙です!タバコを社内で吸ったら罰金10万円!」なんて、数に任せて決めてしまったらどうかな?

 

民主主義のベースには確かに多数決があるけれど、いきなり多数決、安易に多数決というのは本当の民主主義になっていない。集団に所属する一人ひとりを大切にする決め方ではない。

 

前回の授業で、物事の決め方について、王様とか特定の人が決めるのではなくて、どうして民主主義がいいのか3つ理由をいいました。憶えていますか?

 

大切なことなので繰り返します。
・自分たちのルールは、ルールに従う自分たちで決めるべきということ 
・みんなで意見を出し合いながら話し合った方が、いいルールができやすいこと 
・自分たちがきめたルールだからこそ、そのルールを尊重し、守ろうとすること 

でしたね。

 

もし、民主主義って多数決で決めればいいんでしょ、という感じで、いきなり多数決で決めたりするということは、少数派の存在を無視して「みんなで話し合って決める」いうことにはならないし、みんなで知恵をしぼって話し合えば、本当は多数派にとっても少数派にとってもいい案があるかもしれないのに、でてこない。

そして、少数派にとっては、多数派に無理矢理押しつけられた感じがして、「そんなルールなんて、守ってなんかやるものか。」なんてグレて決められたルールを無視したりするかも知れない。


そして、そんな決め方をしていると、そこには人と人との間に信頼関係はなくなって、ギスギスしたような関係になって、結局、みんなにとって住みにくい居心地が悪い集団になってしまう。

多数派が少数派を縛る、考えを押しつけるというような感じになってしまうかも知れないね。

それって、王様がルールを決めるのと結局同じことだよね。たいして変わらない。 

 

王様が縛るのではなくて、王様に代わって多数派が少数派を縛る

「安易に多数決」では、少数派にとってみれば、「自分たちのことを自分たちが決める」こと、自己統治になっていないことになる。だって、自分たちの意見は、全然反映されないのだから。

 

それって、全然民主主義じゃないよね。一人ひとりが幸せになるようにルールを決めていることにはならないよね。

 

本当の民主主義といえるためには、よく話し合うということ、特に多数派の人達は少数派の意見に耳を傾けるという態度が大切になってくるんだ。

 

多数派の人達は、少数派の人達のことがよく分からないで、ついつい少数派の人達の意見を「わがままだ」「ひとりよがりだ」なんて考えてしまって、よく意見も聞かずに押しつけてしまいがちになるからね。

 

安易な多数決は、決して本当の民主主義ではないんだ。

つづく

                                                                                                           』

 

 

 

それでは、また。

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平成20年8月3日(日)

 

皆さん、こんにちは。

今日は、仙台も夏らしい一日です。

 

さて、先日今年のサマースクールも無事終了しました。

メインの模擬裁判では、若手の弁護士さん達が中心となって一生懸命準備したおかげもあって、中高生の皆さんに楽しんでいただけました。子ども達に、素敵な夏の想い出をプレゼントできたことと思います。

サマースクール午前中は、中学、高校別れての法教育授業で、私は中学生の部を担当しました。

私にとっては、チャレンジングな内容で、中学生(うち中学1年生が半数以上)相手に「民主主義と立憲主義」特に、大人でもなじみのない、「立憲主義-憲法の役割」について、話しをしました。

クラス内での掃除当番の決め方といったことに関連させながら、「みんなで決めてはいけないこともあること」、民主主義が制限されることもあるということを話しました。

しかし、やはり、難しすぎましたか・・・というか、私自身、深いところで理解していないためか、分かりやすくその本質を伝えることができませんでした。反省です。
もっと話しの内容や授業の流れを練る必要があると痛感しています。

 

しかし、あらためて、中学生、さらに小学生でも、民主主義や立憲主義の本質を体感覚で理解してもらえる授業をやるぞ、と私の目標が明確になってきました。

目指す頂は高く、道は険しいぞ!

これからのために、先の授業の台本を整理、加筆しました。よろしければ、お付き合い下さい。

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『 皆さん、こんにちは!

今日は、法と民主主義の話をします。

「法」「民主主義」、そんな言葉を聞くだけで、分からない、難しそう、堅苦しい勘弁して、なんて思ってしまう人も多いかも知れませんね。

法律には、どんなものがあるか知っている?

キミ達も人の物を盗んだら、警察に捕まって、裁判にかけられて処罰される、刑務所に行くというのは知っているよね。

これは、国の法律で「人の物を盗んだら、10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する」と定められているからなんだ。刑法のことだね。


刑法は、いろいろな犯罪と刑罰を定めている法律です。人を怪我させたり、人を殺したりすると、刑務所に行くことになりますよ、ときめています。

 

どうして、こんなきまりがあるのだろう。もし、刑法がないとどうなるだろう。

人を怪我させたり、人の物を盗んだりしても刑務所に行かなくてもよい、処罰されないとしたら、どうなるだろう?

 

そんな法律がなくても、自分は人を怪我させたり、盗んだりはしないよ。と思うかも知れないね。

うん、確かに、キミ達のように、人として、してはいいこといけないことが分かって、悪いことをしない人ばかりなら、刑法はいらないかも知れない。

 

でも、世の中にはいろいろな人がある。残念ながら、わがままで自分さえよければいい、他人のことを考えない悪い人も中にはいる。もし、刑法がなかったら・・・

 

うん、今よりもっと人の物を盗んでしまう、人が増えるかも知れないね。別に、人の物を盗んでも警察に捕まらないんだし、盗っちゃえ、なんて安易に盗ってしまうかも知れないね。盗まれた人が困るからと思うのではなくて、盗むと警察に捕まるから、自分は盗まないという人も結構いると思う。

 

自分の物、特に大切な物が、他人が勝手に持っていくのって嫌だよね。人が盗るなら、じゃあ自分も誰かから、物を盗ってしまおうなんて考えるようになるかも知れない。そうすると、そこでは盗ったり、盗られたりという世界になって、結局力の強い悪い奴がたくさん物を盗ったりして、無茶苦茶な世界になりそうだよね。それは、困る。安心して暮らせない。

 

そこで、刑法は、みんなが安心して暮らせるようにと、「特に人に迷惑をかけてしまうことをした人は、これこれの処罰を受ける」例えば「人の物を盗んだ者は、懲役10以下か50万円以下の罰金に処する」と刑法は定めた。

 

こういった法律があって、実際に、この法律に違反した人、人の物を盗った人が警察に捕まり処罰されることで、多くの人は、「人の物を盗ると警察に捕まるし、盗らないようにしよう。」と、人の物が欲しくなっても、盗ったりしないで、自分の行動をコントロールするんだね。これで、人の物を盗る人は、少なくなるでしょう。多くの人は、警察に逮捕され、刑務所に行くなんて、嫌だからね。

 

法律というのは、人の自由を制限しているといえる。人の物を勝手に盗りたい人にとっては「盗む自由」を制限されているとも言える。これは、盗まれる人のこと、物を持っている人の所有権(この物は私のものという権利)を保護しようと考えているからなんだ。自由があるといっても、人に迷惑をかけていいわけではない。人に迷惑をかける自由は保護されないのです。制限されます。

法律は、人同士の自由と自由とがぶつかり合ったとき、調整をしているものといえます。

僕は、大きな声で歌を歌いたいんだ、大音響でエレキギターを弾きたいんだ、といって、みんなが寝静まった真夜中の住宅街で、大声で歌ったり、大音響でエレキギターを弾いちゃいけないよね。寝ている人の迷惑になる。そんなのダメだよと法律は定めてある。

 

法律は、人と人との自由や権利を調整して、社会秩序をたもっているんだね。お互いに安全に、快適に暮らせるようにしている。

 

では、そんな法律は、どうやって作られるのだろう?どのように作られるのがいいのだろう?

 

特定の人、例えば王様や将軍が法律を決めるのってどうだろう? 

 

昔は、王様や将軍といった特定の人が、法律を作っていた時代があったんだ。
昔、こんな感じの法律があったんだよ。

・キリスト教を信じてはならない。信じた者は処罰する
・動物(特に犬)を虐めてはならない。虐めた者は死刑とする。
・王様の政治を批判してはならない。批判した者は処罰する。

どう思う、こんな法律?

 

王様や将軍といった特定の人がものごと、法律を決めるのは問題があるというのは、多分キミ達にも感覚的に分かると思う。

どうして法律を特定の人が決めるといけないのだろう?

 

その王様が、自分の贅沢だけを考える悪い王様だったら、自分が贅沢したいので、税金をたくさんとるという法律を作るかも知れない。また、わがままな王様なら、国民から自分がやっていることを批判されたら嫌だということで、国の政治を批判する人をかたっぱしから刑務所に入れてしまえ!なんていう法律をつくってしまうかも知れない。

 

その王様が、結構いい人で、名君で、国民のためを思って法律を作ろうとしたらどうだろう。

例えば孔子(論語を書いた昔の中国の思想家)のような立派な人が、王様になって国を治めればいいのだろうか?

 

でも、いくら立派な王様であっても、王様が、国民それぞれがどんなことを考えているのか、何を望んでいるかはよく分からないだろう。王様が、国民のためによかれと思ってやったことでも、実際には国民にとって迷惑なこともあるだろう。国民にとっては余計なお世話というものもあるだろう。ピントがずれた政治を行ってしまうかもしれない。

 

それに、王様がいい人か悪い人かどうかで変わってしまうのって、人次第ということで、怖いよね。どんな王様になるかで、国民の生活も変わってきてしまう。そしてどんな王様になるかは、運命次第。歴史を勉強してくると分かるけど、その時の王様や将軍の考え方や好みなんかで、180度政治が変わってくることもある。

 

では、国のきまりは、王様とか特定の人が決めるのではなくて、どのようにして決めるのがいいのだろうか? 

 

ところで、キミ達が、クラスで、何かを決める時って、みんなどうしている?例えば、文化祭のクラスの出し物ってどうやって決めている?

 

クラスの誰か、例えば学級委員とかが、適当に決めている?そんなことはないよね。みんなで話し合って決めていると思う。みんなでいろいろと意見を出して、ある人の意見がみんないいと思えばそれに決まる。

 

もし、みんないろいろと話し合っても、意見が分かれることがあれば、どうやって決めている?

じゃんけん?くじ引き?それもあるかも知れない。

 

でも、きっと手をあげてもらったりして、投票してもらったりして、数が多い方に決めることが多いよね。黒板に「正」の字を書いたりして。

つまり多数決で決める。それが、話し合ったことが生かされると思うから。いろいろ話し合った後に、くじ引きで決めるなんて、話し合った意味がないよね。

 

話し合いによって、いろいろな意見がでて、みんなの多くが、それがいいというのになるのが、納得がいくだろう。 たいてい、みんなにとってそれがいい決まりになることが多いだろう。

 

では、どうして、キミ達は、みんなで話し合って決めているのかな?

 

それは、自分たちのことだから。自分たちに関することは、自分たち以外の誰かに決められたくないから。自分がそのグループにいる以上、自分の意見もいえるようにしたいから。

自分たちが従わなければならないルールならば、自分の意見も聞いてよと当然思うだろう。自分が知らないところで、勝手に決められたくないだろう。押しつけられたくないだろう。

 

勝手に決められたルールなんて、とルールを守る気にならないかも知れないね。 

そして、みんなそんな風に思っていたら、決めたルールを守らない人が多くなって、ルールが骨抜きになってしまうだろう。

 

誰だって、自分の全く手の届かないところで決められたルールを押しつけられるのって嫌だよね。納得いかないよね。
1組のクラスの出し物を2組が決めるなんておかしいよね。

「自分たちのことは、自分たちで決める。」
ルールをつくる人たちとルールを守る人が一致していることが大切なんだ。

これを難しい言葉でいうと「自己統治(じことうち)」なんていう。

 

そして、自分たちで決めたルールならば、そのルールを大切にして、守ろうという気になるだろう。

 

それに、ある人が考えるより、みんなで意見を出し合って、話し合っていった方が、普通は、みんなにとっていいきまりになることも多いだろう。

キミが思いつかないことを別の友達が発言することもあるだろう。友達の発言を聞いていて、キミがいい案を思いつくこともあるだろう。

 

だから、みんなで意見を出し合いながら、話し合って決めた方がいいんだね。

いくら王様が頭のいい人であったとしても、みんなで力をあわせて考えたことには、及ばないことがほとんどだろう。

 

国のあり方、法律も同じこと。

・自分たちのルールは、ルールに従う自分たちで決めるべきということ

・みんなで意見を出し合いながら話し合った方が、いいルールができやすいこと

・自分たちがきめたルールだからこそ、そのルールを尊重し、守ろうとすること

 

だから、「みんなのことは、みんなが話し合って決める」ことにしたんだ。 

 

これを、「民主主義」という。そして、世界の多くの国では、この「民主主義」の考え方を基本にして、国の政治のあり方を決めている。

それは、民主主義が、ものごとの決め方として、現在考え得る最良の決め方として、受けとめられているからなのです。

 

そして、国の政治以外でも、キミ達の普段の生活の中ででも、クラスとかの人の集まりに入っている以上、この民主主義がベースになっていると思う。

でも、国でも、身近な集まりでも、「民主主義」、みんながよく話し合って、ものごとを決めることが、本当に実践されているかどうかは、いろいろあって、形だけの民主主義ということが結構多かったりするんだ。

例えば、話し合いもせずに、他の意見もろくにきかずに、すぐに多数決で決めてしまうとかいうのは、「民主主義」を実践しているとは言えないだろう。判断のもとになる必要な情報を共有しないままで、決めてしまうというのも、やはり「民主主義」になっていない。

 

「形だけの民主主義」ではなく、「本当の民主主義」を実践するためには、単に多数決で決めさえすればいいという訳ではなくて、必要な情報を共有し、一人一人が意見を言える機会があって、みんなでよく話し合いをするという、みんなが努力する必要があるんだね。

 

ちょっと、今度のクラス会、私達は「本当の民主主義」でやっているかな?と、そんな目で見てごらん。

 


つづく
                                      』

 

それでは、また。

新人弁護士さんの相談を受け付けます。

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平成20年7月29日(火)

皆さん、こんにちは。お元気ですか。

仙台では、梅雨明け宣言(19日)の後、曇り空が多かったですが

今日は夏の日差しが届いています。いよいよ夏本番ですか?

 

さて、新人弁護士さん、若手弁護士さんの相談を受け付けたいと思います。

 

新旧60期、59期の弁護士の方で、日々の業務について、将来の独立や経営について 他の弁護士、お客さん、事務員さんとの関係について、「これってどうなんだろう?」「どうすればいいのだろう。」と悩んだり迷っている方の相談をしたいと思います。

 

研修所を修了して、弁護士登録し、法律事務所に入所することができました。でも、実務はやったことがありません。そんな時でも、お客さんは、弁護士=法律のことは何でも知っているというような感じで相談をもちかけてきます。私もそうですが、弁護士なりたて、ほかほか、若葉マークのころは、おっかなびっくりやっていたような感じです。

 

就職先のボス弁(所長弁護士)や、先輩弁護士、事務員さん、同期の弁護士等にいろいろと聞いたり相談して仕事を覚えていくのでしょう。

 

でも、周囲に聞ける弁護士がいないところで仕事をしている方もいらっしゃるかも知れません。
また、幸い相談できる弁護士はいるけれど、この内容はちょっと聞きづらい、忙しそうで申し訳ない、こんな下らないかも知れないことを聞いていいのかな、あるいは、お金や人間関係、プライベートに関することで、日頃顔を会わせる人にはちょっと聞きづらいということってありますよね。

 

私も弁護士なりたてのころ、「こんなこと聞いてもいいのかな?」なんて、一人で、悩みを抱えてしまったことがありました。苦しいものでした。結局、近くの信頼できる方に相談して、安心することができました。聞いてもらえたことが嬉しかったです。

実は、こんなことって、新人弁護士さんや、若手の弁護士には結構あったりするのではないでしょうか。

 

そこで、そんな弁護士さんのサポートができればいいなあと思いました。 私は、弁護士になって8年、独立して3年というところで、まだまだ未熟者ですが、こんなポジションにいるからこそ、新人弁護士さんに寄り添うこともできるかな、役に立つこともあるかなと思いつきました。

 

何かアドバイスをするというよりは、一緒に考えてみましょう、問題の解決を探ってみましょうという気持ちでいます。

 

弁護士は、その仕事柄、依頼者の代理人、被疑者被告人の弁護人として、また法律の専門家として、「強く、賢くあらねばならない」というようなプレッシャーのもとで仕事をしなければなりません。人の自由や財産を左右する重大な責任もあります。

 

その中で、迷ったりすることもあるかと思います。特に、弁護士なりたてのころは、不安ばかりですよね。

 

そんな方の手助けが少しでもできれば嬉しいなと思います。

 

ですから、お気軽にメールあやめ法律事務所やお電話(022-262-7161)を下さい。誠実に対応したいと思います。
メールの場合は、修習期と所属会をお知らせ下さいね。

 

相談料は無料です。秘密は厳守いたします。

 

○司法修習生の方や司法試験受験生、法科大学院生の相談も考えています。この件は、また後日お知らせいたします。

 

それでは、また。

「中高生のためのサマースクール」のお知らせ

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平成20年7月8日(火)

皆さん、こんにちは!
いかがお過ごしですか?

雨がすくなく、暑い日が続きましたが今日は、しっとりと雨が降っています。
夏本番ももうすぐですね

さて、毎年恒例の「中高生のためのサマースクール」のお知らせです。

昨年のサマースクールはこんな感じでした。
「中高生のためのサマースクール」をやります!
「仙台七夕祭り傷害事件」サマースクールのご案内2

サマースクールを終えて

 

今年も弁護士オリジナルシナリオの刑事模擬裁判をやります。
「七夕花火に見る夢は~仙台大橋窃盗事件」です。

夕子さん(秋田美人)が、七夕花火祭りの人混みの中、中年男性の財布を盗んだという窃盗罪の疑いで逮捕されました。

夕子さんは、「私は財布なんか盗んでいない!たんに拾っただけです!私はやっていません!」と必死に無実を訴えています。
果たして、彼女の話は信用できるのでしょうか?彼女は無実なのでしょうか?

財布を盗まれたという男性、彼女がデート(?)したという学生、彼女がジュースを買いに行ったという売り子の話がでてきます。

 

さてさて、夕子さんは、有罪なのでしょうか、無罪なのでしょうか?
参加してくれた中高生のみなさんには「裁判員」として、裁判をみた上で、夕子さんが有罪か無罪かを決めてもらいます。

今年も、昨年同様、かなり個性的なキャラクターをそろえています。
きっと見て楽しんでいただけると思いますよ。

 

そして、
弁護士ってどんな人だろう?弁護士ってどんな仕事をするのだろう?
裁判ってどんな感じなんだろう?人の有罪・無罪を決めるってどのようにするのだろう?
人を裁くってどんな気持ちなんだろう?

こんな「?」がある方は、特に有意義な一日を過ごせてもらえることと思います。

勇気がいるところかも知れませんが、「ちょっと面白そうかも」、なんて感じたのであれば、思い切って「えい、やっ!」と申し込んでくださいね。

今年は、7月31日(木)午前9時30分からとなっています。
応募はこちらの応募要領にしたがってお申し込み下さい。

締め切りは7月16日となっておりますので、ご注意下さい。

 

中高生でない方も見学は自由ですので、よろしければおいでください。

 

あなたとお会いできるのを楽しみにしています。

 

それでは、また。

岩手・宮城内陸地震無料法律相談実施のお知らせ

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平成20年6月20日(金)

皆さん、こんにちは。神坪です。

先週6月14日午前8時43分、岩手県内陸南部、宮城県内陸北部で、震度6強の大きな地震がありました。

この地震で、多くの方が被災され、大切な生命や身体、財産を失っています。また、心にも大きな傷を負っておられます。報道で被災地の様子をみると、どんな思いでおられるのかと思い、胸が痛みます。

6月6日の災害復興のシンポジウム、6月12日は宮城県沖地震から30年ということで、地震について意識を向けていましたが、こうして大きな地震が起きたことはショックでした。

災害復興のシンポジウム終了後の懇親会で、中心になって準備をされていた先生が、「こうして、地震がおきないままに、3回、4回と災害復興のシンポジウムが続いていくといいですね。」というようなことを話され、私も「そうだなあ。このまま災害の準備だけ整えるだけで、実際には地震なんてずっと起きないといいな。」と思ったのですが、こんなにも早く地震が起きるなんて・・・

でも、まさにこの時のために、準備をしてきたのですから(とはいえ私自身は、あまり準備していなかったのですが・・・)、この時こそ、お役に立てることがあるかも知れません。

現在、宮城県災害復興支援士業連絡会、仙台弁護士会では、災害対策本部を設置し、実際の支援活動に移ろうとしています。

仙台弁護士会では、

6月23日(月)から27日(金)まで、被災者や被災企業を対象に、震災被害で生じた法的問題(建物の損壊に伴う責任問題、賃貸借問題、雇用問題等)について、無料で電話相談を実施することになりました。

相談1件あたり15分程度で、弁護士が相談に応じます。

電話番号は、022−721−0315

022−721−0316 です。

受付時間は午前10時から午後4時までです。 

また、面接相談も無料で実施する予定です。 

詳しくは、仙台弁護士会ホームページをご覧下さい。

弁護士達は、法律問題でお困りの被災者の方に、お役に立てればと思っていますので、お困りの方は、どうぞ相談されてください。

宮城県災害復興支援士業連絡会についても、各専門家が、相談体制を整えているところです。

実際には、今後、宮城県や栗原市等の要請を受けて、現地に赴き、相談を実施する予定となっています。

微力ながらも、被災者の方のお役に立てればと思っています。 

一日も早い復興をお祈りいたします。

一人で思い悩まないで。

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平成20年6月11日(水)

皆さん、こんにちは。神坪です。

先日行われた災害復興シンポジウム、とても勉強になりました。

事例をもとにした各専門家からのアドバイスは、「なるほど!」という

ところもいくつかあり、災害にあったときは相談に行ってみることが大切だと感じました。

災害がいざ起こった際には、相談所がもうけられるかと思いますので、悩んだ場合はもちろん

何か行政からの経済的援助や減税が受けられないか相談されることをおすすめいたします。

知識がないばかりに、もらえたはずの援助がもらえなかったり、減税の特例が受けられないということもあるようです。

行政が自動的に援助してくれたりすることはなく、自らが書類を整えて申請する必要があるので、そもそも援助の制度を知らなかったり、知っていても申請をしなければ、援助等はしてもらえないのです。

情報を入手すること、そして自ら動くことが必須になってくるのですね。

このことは、災害時に限らず、日常生活のいろいろな場面でも大切なことなのかも知れません。

例えば、借金をたくさん抱えてしまっているとき、自己破産、免責という制度を知らないばかりに、「とにかく返済していくしかない、でも返済できない・・・」と頭を抱えてしまい、夜逃げしようかとか、最悪死んでしまおうか等と考えている方もいるかも知れません。

また、自己破産のことは知っているが、破産すると戸籍に名前がのるとか、一生ローンが組めなくなるといった誤った情報を信じているために、行動が移せないという方もいるかもしれません。

何かの問題に直面したとき、今自分が抱えているこの問題を解決する有効な手はないかを考えてみます。そういった手だてはないか、いろいろと調べてみます。そして思いついた手だてや分かった手だてを後から検討するために紙に書いておくといいと思います。 

それで、よい手だてが何か分かれば、それを行動に移してみましょう。

でも、場合によっては調べても分からないこともある。

そのような時、どうすればよいのでしょうか? 

そのような時は、人に聞いてみる。専門家に聞いてみる。行政の相談窓口に聞いてみる。

「私は、今こんな問題を抱えていますが、何かよい手だてはないでしょうか?」と尋ねてみる。

そうすると、相談を受けた人には、あなたが知らなかった情報から、「こんな手がありますよ。」と教えてくれるかもしれません。そうでなくても「そのことなら、○○士さんが詳しいですよ。」「○○の窓口にいってみるといいかもしれませんよ。」と別の方を紹介してくれるかも知れません。

そうしていくうちに、あなたは、あなたを救う有益な情報を入手することができるかも知れません。

あなたが思いもつかなかった別の視点からのアドバイスがもらえるかもしれません。 

このように、一人で思い悩まずに、人に聞いてみるということが活路をひらく有効な手だてかと思います。

相談すること自体、時にとても勇気がいることかと思いますが、悩んでいても大抵事態はよくなりません。また、悩みは増幅しやすいので、自分の心も悩みで傷つけてしまいがちです。周りの人にあたってしまったりするかも知れません。

探せば、今はいろいろな相談窓口があります。相談窓口の方は、悩んでいる方の助けになりたいと思っています。そう思って相談窓口を設けたのですから。

どうか一人で思い悩まないで下さいね。思い詰めないで下さいね。

それでは、また。

災害復興シンポジウムのお知らせ

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平成20年6月3日(火)

皆さん、こんばんは。

神坪です。

今日は、催し物のお知らせです。

私は、仙台弁護士会の災害復興対策委員会に属しているのですが、

その関係で、以下のようなシンポジウムのチラシを作る作業を担当しました。

ちょっと(かなり?)下手くそですが、実際のチラシは、印刷業者さんのお力で、結構いいものに

なりました(以下貼り付けたのは私が作成した段階のものです)。

シンポは6月6日(金)の午後3時から、仙台弁護士会館で開催されます。

参加費は無料で、一般の方にも公開されておりますので、よろしければ是非ご参加下さい。

                      

        第2回シンポジウム

震災における専門家の役割   

-自宅倒壊から生じる諸問題への対応-

阪神淡路大震災を契機に、宮城県沖地震を体験し、また、近々大地震の発生が予想されている宮城県においても、専門家による災害復興支援の必要性が認識され、平成17年に宮城県災害復興支援士業連絡会が作られ、平成18年4月には、第1回シンポジウムを開催するなどの活動をしてまいりました。 第2回目の今回は、震災時に自宅倒壊から生じる諸問題への対応と題し、大規模震災時には多くの人々が直面する自宅倒壊・損壊の際に、専門家としてどのような対応ができるのかを検討致します。多数のご参加をお待ちしております。 

 

  

日時 平成20年6月6日(金)午後3時から午後5時

会場 仙台弁護士会館4階大会議室

参加費 無料

プログラム(予定)

■報告1 「士業連絡会の災害時の対応について」

内田正之(仙台弁護士会)

■報告2 「柏崎・神戸視察報告」   田中礼治(宮城県建築士会)

■パネルディスカッション

「震災における専門家の役割-自宅倒壊から生じる諸問題への対応-」

主 催 宮城県災害復興支援士業連絡会

共 催 仙台弁護士会 宮城県司法書士会 東北税理士会宮城県支部連合会 宮城県土地家屋調査士会(社)宮城県不動産鑑定士協会 ()宮城県建築士事務所協会 ()宮城県建築士会 宮城県行政書士会

後 援 宮城県

 

6月12日で、宮城県沖地震から30年ということになります。中国四川で大変悲惨な大地震も起きました。地震が起きた後、私達は、どのような問題に直面することになるのでしょうか。

 

地震では、生命や身体が傷ついたり、自宅が壊れたりします。隣の家との境界が分からなくなったり、ブロック塀が倒れてケガをしたりするかも知れません。行政で、自宅の解体や新築に何か支援はあるのでしょうか。相続や保険の問題も生じてくるかも知れません。

 

このシンポの主催は、「宮城県災害復興支援士業連絡会」というもので、宮城の弁護士会、司法書士会、税理士会、土地家屋調査士会、不動産鑑定士境界、建築士会、行政書士会といった専門家集団が、災害の際に連携をとりながら、市民が被災時に直面する問題をサポートしようとする団体です。

今回のシンポは、主に、自宅倒壊から生じる諸問題への対応について、こんな事例を題材にして各専門家から、お話があります。

 「地震により地盤が崩壊し、相談者と隣家の境界が不明になった。同地震により隣家が倒壊して相談者の自宅に倒れてきたため自宅が倒壊し、同居の父が死亡した。(なお、敷地は父の所有、建物は相談者の所有とする)。同時にガレージが倒壊し、ガレージ内の相談者使用の車両(オートローンが残っている)が全損した。さらに、相談者宅のブロック塀が地震により倒れ、通行人が怪我をした(なお、相談者は行政等からの援助を受けて自宅を解体し、自宅を新築したいと考えている)。
専門家の誰がどのように回答し、その後の手続に対応できるか。」

 

む・む・む・・・難しそうですね。果たして、それぞれの専門家達は、どのようなアドバイスを相談者にするのでしょうか? 

 

私も、各専門家の方々が、どんなアドバイスをするのか楽しみです。

 

皆様のご参加をお待ちしております。

 

それでは、また。 

給料袋の一言

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平成20年5月31日(土)

皆さん、こんにちは。神坪です。

お元気ですか?久々の更新です。

早いもので5月も今日で終わり、明日からは6月です。

梅雨入りも間近となってきました。

さて、先日給料日だったのですが、当事務所では 

お給料を渡す際、給料袋に手書きで一言そえています。

こんな感じです。

「 江坂容子 様 

今月もよく頑張ってくれてありがとうございました。

来月もどうぞよろしくお願いいたします。

神坪浩喜 」

たった、これだけのことですが、江坂さん、とても喜んでくれます。

事務所を開いてから、このように毎月ほんの一言を

書いてきているのですが、江坂さんは、嬉しくて

これまでの給料袋をとっておいてくれているとのことです。

私自身、こうした一言を書くことによって

江坂さんが頑張って助けてくれることを実感できて

改めて感謝の気持ちに満たされます。

結局、自分自身も嬉しくてそうしているのですね。

当たり前のように、毎日いろいろな事務をお願いするのですが、

もし、私一人でそれをやるとすると大変なことになります。

そもそも私では、うまくできないところや、やり方が今ひとつ分からないところも

あったりして(江坂さんの方がよく分かっている)、業務も進まなくなるかも知れません。

どの弁護士にとっても、どの会社の社長さんにとっても

頑張って助けてくれる事務員さんや社員さんは大切な存在だと思います。

でも、ついやってくれることが当たり前のようになってきたり、給料を払っているのだから

働いてもらうのは当然なんだとつい思いがちですよね。

さらには、もっと営業成績をあげろとか、もっと効率よく仕事をしろとか要求ばかり先立ちがちです。

社長が、社員は仕事をするのが当たり前だ(もっと売上あげろ、効率よく働け)というような思いを持っていると、 そこで働く社員もきっと、自分は働いているのだから、これくらいの給料出すのは当たり前(もっと給料上げて欲しい、待遇をよくして欲しい)と考え、何かギスギスした関係になりそうです。

でもそれでは、お互いに不幸ですよね。

きっとそのような会社では、社長も社員もお互いに相手に不満ばかり先走って、きっと業績も上がらないのではないでしょうか。働いていても楽しくない。

そんな場合、社長さんの方が、どうしても立場が強いので、まずは、社長さん、経営者の側から、社員を大切にする気持ち、感謝の気持ちを示すのがよいかなと思います。

もちろん、社員さんも、こうして働く場所をもらえて、給料をいただけてと社長さんに感謝の気持ちを伝えることで、社長も、嬉しくなり、社員を大切にしようという気持ちも湧いてくることでしょう。

私自身、まだまだですが、素敵な職場というのは、まずは職場の経営者、スタッフ同士がお互いに大切な存在として尊重しあう職場だと思っております。

そして、そのような職場の明るい雰囲気、プラスのエネルギーがお客さまにとっても心地がよいものになると思っています。

社長さん!経営者の皆さん!給料袋に感謝の一言、結構いいと思いますよ。

照れくさいかもしれませんが、よろしかったら

是非、試してみてくださいね。

もちろん、お給料を渡す際に、感謝の言葉をそえるというのもいいですね。

「今月も○○さんが、頑張ってくれたおかげで、

とても助かりました。ありがとうございました。」

それでは、また。

「過去の自分」を味方にする。

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平成20年5月7日(水)

皆さん、こんにちは。

お元気ですか?神坪です。

ゴールデンウイーク、どのように過ごされましたか。

ゆっくりされた方、旅行や帰省で楽しまれた方、いつもどおり仕事をされた方

逆に仕事が忙しかった方、あなたはどうでしたか。

私は、家族と近くの公園に出かけたり、家で本を読んだりして過ごしました。

おかげさまで昼寝もできて幸せです。

ゴールデンウイークのころは、新緑の季節で、いい陽気で、寒くもなく、暑すぎることもなく、本当にちょうどいい季節ですね。それに、夏に向かって上り坂!という感じが心地よいです。

もちろん、冬には冬の、夏には夏の味わい、良さというのはありますが、春の伸びていく感覚、上昇している感覚というのは、ワクワクしてきます。

目に見えて、木々の緑や草花は成長を感じさせます。昨日よりは今日、今日よりは明日、とどんどん成長していきます。

勉強でも仕事でも、スポーツでも、日々成長を感じられる時というのは、とても嬉しく、充実感がありますよね。

最初は、できなかった問題がとけるようになる。うまくいかなかった仕事ができるようになる。うまく打てなかったボールが打てるようになる。

一昨日の自分より昨日の自分、昨日の自分より今日の自分が、少しでもその成長を実感できるとき、連続して上昇していく感覚を実感できるとき、喜びを感じ、ますますもっと上手くなろう、できるようになろうと頑張ることができます。

当事務所は、マンションの11階にありますが、事務所開設した時に、私は、「事務所に出勤したときは、1回は、事務所まで階段で上る」と自分自身に約束しました。 そう、健康のためです。

当事務所開設は、平成17年8月1日なのですが、その時から今まで階段上りを続けることができました。

どちらかというと続かない私なのですが、続いているのですね。

どうしてでしょうか? 

このマンションの階段は外階段なので、景色がみえます。一段上がれば一段分確実に上昇した景色が目に入ります。上る途中の踊り場で一息ついて、下をみてみると、上った分だけ自分は高いところにきていることが分かります。

上ってきたのですから、当たり前のことですが、こうして目に見える形で確認できると、自分の行動がちゃんと結果になっていることが分かって、安心できるのですね。

そして、「頑張ったじゃない、いいぞ、よし、もう一頑張り!」なんて、自分の声が聞こえてきたりします。

何かにチャレンジしているとき、何かに取り組んでいるとき、辛いこと、不安なことというのは、やってきたことが、成果につながらなかったり、うまくいかなかったりして、「今自分がやっていることは、本当にこれでいいのだろうか?間違ったことをしていないか?意味がないのではないか?」といった声に惑わされるからではないでしょうか。

成長を実感できないとき、「意味ないかも。」「自分には無理かも。」と心が収縮していくようになりますよね。そして、やる気がなくなっていく。

もし、仮に閉鎖した階段で、なおかつここは「○階」というような表示もなく、今自分がどれだけ上ってきたのか分からないような場合、私は階段上りを到底続けることはできなかったでしょう。

「そんなの意味ないよ。」という声にあっさり屈服したと思います。

ですから、何かにチャレンジしているとき、身につけようとしているとき、続けようとしているときには

自分が残した足あとが見えるような形、自分が歩く際の景色を見える形にしておくことが大切なのではないかと思っています。

そして、万歩計のはなしでも書きましたが、その記録化をできるだけ、面倒でないように、簡単にできるようにしておくことがポイントでしょう。

簡単に記録できる→記録する→足跡が目に見える→成長を実感できる、励みになる→さらに歩を進めることができる→成長していく

こうした流れができると上昇気流にのって、成長を実感し、やる気がでて、ますます頑張ってできるようになる、課題をクリアできることにつながっていくような気がしています。

どんな些細なことでもいいかと思います。今日は、昨日まで知らなかったこの知識を身につけた、この問題を解くことができた。英単語を10個憶えた、そんなことでも構わないかと思います。

勉強が終わる際や夜眠る前に、今日自分がやってきたことについて簡単でも記録に残しておく、成長を確認できるようにしておくとよいのではないでしょうか。

予定表をつくっている方の場合には、その予定がクリアできたことを示すチャックやコメント等を残しておくのでもよいでしょう。 

成績のよかった答案とか、誰かにほめられて嬉しかったこととかも、あわせて残しておくといいですね。

そして、やる気が起きなくなったとき、「そんなの意味ないよ。」というような声が聞こえてきたとき、どうもスランプだなあと落ちこんでしまったとき、記録してきたものを眺めてみて下さい。

きっと、心の底から、こんな声が聞こえくるでしょう。

「これだけ自分は頑張ってきたじゃない、結構成長してきたじゃない。偉いぞ、あと、もうひと踏ん張りだ!諦めるな!」

あなたが、日々書いてきた記録が、「大丈夫、君ならできる。私がその証拠だ!」と励ましてくれます。

これは、とても力強い、頼りになる援軍ですよ。

資格取得や試験合格等何かを目指している皆さん、

是非、成長の足跡を記録化して「過去の自分」を今の自分、将来の自分の力強い味方にしてくださいね。

それでは、また。

ちょっとしたことで。

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平成20年4月30日(水)

皆さん、こんにちは。

神坪です。

ゴールデンウイーク中ですが、いかがお過ごしですか。

私は、27日から29日にかけて、家族と妻の実家の青森へ帰省しました。

風邪気味でもあり、いつもできない昼寝をしたりしてのんびり過ごしました。

さて、24日に札幌の裁判所に行く用事があり、24日は一泊してきました。

25日、札幌駅から新千歳空港に向かう電車内のことです。

おばあさん2人が、私の近くに座っていました。

聞こえてくる話からすると、私と同じように、新千歳空港から飛行機に乗ってどちらかへ行かれるようです。

ところが、どうもこの連絡列車に乗るのは初めてのご様子。

乗車した列車は、新千歳空港が終点で、空港に行くにはそこで降りればよいのですが、その前に、南千歳、千歳という停車駅がありました。

おばあさん達が話している会話からすると、空港にいくには「千歳」で降りればよいと勘違いしている様子でした。

私は、それに気がついたのですから、本来なら、その時点で、おばあさん達に、「空港へ行くには、千歳で降りるのではなくて、終点の新千歳空港で降りるのですよ。」と教えるべきところでした。

でも、恥ずかしくて、言えませんでした。そのうち気がつくだろうと・・・

ところが、おばあさん達は、そのまま気がつかないで、列車が「千歳」駅についたところ、荷物をもってかけていた椅子から腰を上げ降りようとしています。

さすがに私は、「あの、すみません。空港はここじゃないですよ。空港に行かれるのでしたら、終点までいけばいいですよ。」と教えました。

「あれ、ここじゃないの?」

「よかった。教えてくれてありがとうございました。助かりました。」

ととても感謝されました。

さらに、新千歳空港で降りる際に、再度「ありがとうございました。りっぱな方がいて助かりました。」

なんてほめられてしまいました。

「え?この私が、りっぱな人?」

なんとも面はゆいような恥ずかしいような、でもポカポカするような嬉しい気分になりました。

私はたった一声かけただけでした。

それに、本当は、実際に違う駅に降りようとするまで声をかけなかったのに。

それが、こうして大変感謝されるなんて・・・

もちろん日々、弁護士の仕事をしていて、事件が終了した際に、やはりお客様に「ありがとうございました」と言われることも多く、それはそれでとても嬉しいものです。

ですが、弁護士の仕事を離れ、一人の人として、自分がしたちょっとしたことで、感謝される喜ばれるというのは、また違った質の嬉しさがありました。

大げさかも知れませんが、仕事の時にはあまり感じない

「自分って結構いい奴じゃない。」と思える

感覚が心地よいのです。

そんな体験って、皆さんにはありませんか。

仕事や大きなプロジェクトをやり遂げたこととは別に

自分がしたほんのちょっとしたことで、なぜかとても感謝されたり喜ばれたりしたことって、ありませんか。

それが、何故か、ずっと記憶に残っている。はるか昔、おばあさんに電車で席を譲ったことなんかも鮮明に覚えています。そしてそんな記憶は、思い出す度に「自分って、結構いい人かも?」って思えてくる。

ぽっ、と温かい気分になってきます。

こんな、温かな泉を吹き出させる「ちょっとしたこと」って、身の回りに実はたくさんあるのかも知れませんね。

でも「ちょっとしたこと」であるが故に、なかなか気がつかない。

また、私が当初思ったように、「そのうち気がつくだろう」とか、「誰かが教えるだろう。」「誰かがやるだろう」とかいろいろ考えて、「ちょっとしたこと」さえできなくなるのかもしれませんね。

「ちょっとしたこと」に気がつき、そしてそれをちゃんとできるようになりたいと思った体験でした。

この視点からみると、身近にいる江坂さんは、ここのあたり、ちょっとしたことがさりげなく自然にできる人だなあと改めて感心し、感謝しています。

ありがたいことです。

それでは、また。

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平成20年4月23日(水)

皆さん、こんにちは。

神坪浩喜です。

今日も穏やかないい天気ですね。

こんな穏やかな陽気に身を置いていると

私、時々、未だに司法試験受験中のころを思い出すのです。

司法試験の択一試験(マークシート試験)というのが、5月の母の日にあって、今の時期というのは、この試験の追い込み時期なのですね。

世間はこんなに明るく陽気に包まれているというのに、この自分は・・・ハァ−なんてため息をついていました。

受験生に花見や新緑は無縁なのでした。

合格した次の年の春に、私は、初めて大河原の桜のトンネルを妻と一緒に歩いたのですが、妻からは、「この桜のトンネルを歩きたかった。歩けて本当によかった。」といわれました。

今年の新司法試験の試験日も5月14日から18日までということで、受験生の皆さんは、今追い込みの時期

ですよね。あともう少しですから、全力を尽くして悔いの残らないよう頑張ってください。

模擬試験というのがあるのか分かりませんが、もしあるのであれば、受けておいた方がいいと思います。

まだまだ憶えることがある、あれもこれも押さえていないという時期に、模擬試験なんて時間がない、費用がもったいないなんて考えてしまいがちですが、やはり、受けていた方が断然いいと思います。

模擬試験と同じ問題が本番ででることはあまりないでしょう。でも、本番類似のことを実際に体験しておくことに意味があります。

体感覚で試験という、緊張感とか、頭の疲れ方とか、一度でも味わっておくと本番はかなり楽になります。

本番のつもりで、緊張して、模擬試験を受けてみてください。

そして、受けたことで、気がついたこと、失敗したことがあれば、それを踏まえて、対策をとって本番に臨みましょう。

例えば、1日目の試験の後は、頭がとても疲れているので、2日目の試験の準備はこれだけをやろうとか、1問目と2問目の時間配分を失敗したので、本番ではこうしようとか。昼食は、これを食べると調子が悪かった、よかったというのもあるかも知れません。

一度でも体験していると、余計なところに神経やエネルギーをつかわず、ものごとはスムーズにいきますよね。

今仕事をしても、初めての事件というのは、どうすればいいのかよく分からなくて、本で調べたり、人に聞いたりと大変なエネルギーと時間が必要になります。

でも一度でも体験した種類の事件だと、こういう風に対処、行動すればよいというある程度の予測がついて、かなり楽に対応することができます。

私の感覚では、初めてで10のエネルギーが必要なところ、2回目は5、3回目は、3.3、4回目は2.5というような減少曲線を描いていくような感覚です。

ですから、1回でも体験しておくというのは、大切だと思います。

皆さんも、経験上初めていった道は長く感じられるのに、同じ道を帰る場合や2回目にとおる場合には短く感じたりすることはありますよね。

エネルギーを、余計な緊張感や不安にさくことなく、純粋に試験問題にぶつけられるようにしておくということは力をだすためには結構重要なことと思います。

それから、今の追い込み時期では、新しいことを憶えようとするのではなくて、自分が作成したノートとか、過去問とか基本書書き込みとか既にやったことを「何回もまわす」ようにした方がいいかと思っています。

あれも憶えていない、これもやっていないと焦りながらあたらしい知識をつめ込んでも、私の経験上、その知識は結局つかえなかったり、また既にやったところを生かせなかったりしがちでした。

同じことを回すというのは面倒にみえますが、回数が増えるごとに、少ないエネルギーで回すことができますから、思ったほどは時間はかからないものです。

そして、何回もまわす際には、「要するにこの問題のポイントは何だ?」を意識してみましょう。

そして、どんどんポイント、幹の問題を絞り込んでいきましょう。

回しながらポイント、幹を押さえていれば、試験で初めてみるような問題でも、この問題は結局あのポイントのことをきいているのだなと気がつくことができると思います。

これは枝や葉の部分で、ここの幹はこういうことである。

この幹からは、こんな枝や葉がくっついているのかな。

こんなことを考えながら、

幹と枝葉をいったりきたりするんですね。

幹と枝葉とのつながりを意識する。

さらには、幹と別の幹とのつながりを意識する。

そういうことを意識しながら、これまで頑張ってきた自分の成果物(ノートや書き込み基本書等)を回していくといいかと思います。

そうしていくと、この論点は、あの論点とつながっている、あの論点を裏から聞いている、さらには科目をこえてつながっていると、いろいろなことが頭の中で有機的につながる、何か化学反応が起きるような感覚になってきます。

その感覚がおきると勉強自体が楽しくなり、また初めて見るような問題でも、何とか対処できる感じになりました。

そんな状態になった時には、合格は近い気がします。

試験まであと1ヶ月もありませんが、最後の最後まであきらめずに、頑張ってください。

私は、あなたを応援しています。

ファイト!

それでは、また。

受験生の方はよろしければ、こちらの日記も参考にしてみてくださいね。

自分の現在地点を知る

本試験が解けるようになることを意識する

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平成20年4月22日(火)

皆さん、こんにちは。

神坪です。

定禅寺通りや青葉通りのけやき並木は若葉で青々としてきましたね。

さて、どのくらいの震度に耐えられるブロック塀であれば、不可抗力といえるのでしょうか?

(はじめてこのブログを読まれる方は、前々回の日記を先に読んでくださいね。)

答えは、仙台については「震度5程度」です。

これは、昭和53年6月に発生した宮城県沖地震によってブロック塀が倒れて通行人が亡くなった事故について、ブロック塀所有者の賠償責任について、裁判所が示した基準です(仙台地裁昭和56年5月8日判決)。

判決は、「地震そのものの規模に加えて、当該建築物の建てられている地盤、地質の状況及び当該建築物の構造、施工方法、管理状況等」を総合し、

「仙台市近郊において過去に発生した地震のうちの最大級のものに耐えられるか否かを基準とすれば足りる」として、

仙台市近郊においては、過去において震度6以上の地震の観測例はないので予測可能な最大級の地震は震度「5」程度としました。

従って、ブロック塀の設置につき瑕疵があつたというためには、ブロック塀が地盤、地質、施工状況等の諸事情に照して震度「5」の地震に耐え得る安全性を有していなかつたことの立証が必要としました。

建築基準法施行令62条の8も、震度5までは倒れないブロック塀の基準を定めています。

1.高さは、2.2メートル以下とすること。

2.壁の厚さは、15センチメートル(高さ2メートル以下のへいにあつては、10センチメートル)以上とすること。

3.壁頂及び基礎には横に、壁の端部及び隅角部には縦に、それぞれ径9ミリメートル以上の鉄筋を配置すること。

4.壁内には、径9ミリメートル以上の鉄筋を縦横に80センチメートル以下の間隔で配置すること。

5.長さ3.4メートル以下ごとに、径9ミリメートル以上の鉄筋を配置した控壁で基礎の部分において壁面から高さの5分の1以上突出したものを設けること。

6.第3号及び第4号の規定により配置する鉄筋の末端は、かぎ状に折り曲げて、縦筋にあつては壁頂及び基礎の横筋に、横筋にあつてはこれらの縦筋に、それぞれかぎ掛けして定着すること。ただし、縦筋をその径の40倍以上基礎に定着させる場合にあつては、縦筋の末端は、基礎の横筋にかぎ掛けしないことができる。

7.基礎の丈は、35センチメートル以上とし、根入れの深さは30センチメートル以上とすること。

細かく塀の厚さや鉄筋の太さや間隔が定められているのですね。

このとおり震度5が一応の基準になります。

つまり、震度5以下で倒れたブロック塀なら瑕疵ありとして責任あり、震度6以上の地震なら、ブロック塀が倒れても不可抗力として責任なしと一応は言えます。

ですが、これが絶対の基準という訳ではありません。

判決が述べているように、判決は「過去に発生した地震のうちの最大級のものに耐えられるか否か」を基準としていますから、神戸や新潟中越等過去に震度6以上の地震があった地域については、予測可能であるとして、より厳しい基準となるかもしれません。

また、地震の揺れや被害は地盤や地質の状況によっても左右されますから、軟弱地盤であると認識されているようなところでは、倒れないようにより強固にしておく必要があるかもしれません。

「震度5」というのは、あくまで一応の基準なのですね。

宮城県沖地震では、倒れたブロック塀によって亡くなったり怪我をした方が多数いらっしゃいました。

亡くなった方28名中18名(約64%)が、倒れたブロック塀や石の塀の下敷きによるものでした。

地震の揺れを感じたとき、何かつかまれる頑丈そうなものと思って、塀のそばにいってしまい、被害にあったということもあったようです。

揺れを感じたら、ブロック塀には近寄らないということも大切ですが、ブロック塀所有者の方(特に古い塀)は、強度の確認、そして確認した上で強度が足らなければ補強工事ないし生け垣等への変更をどうかお願い致します。

強度の弱いブロック塀を所有しているということで、人に怪我を負わせてしまうかも知れません。その場合、重い賠償責任も負わなければなりません。

被害にあわない、なるべく被害を大きくしないということも大切ですが、加害者にならないようにもしたいものですよね。

それでは、また。

会津若松・鶴ヶ城のさくら

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平成20年4月18日(金)

皆さん、こんばんは。

神坪です。

すいません、前回の問題の解答は、また今度にしますね。

今日は、鶴ヶ城の桜を紹介させてください。

本日、会津若松の裁判所へ用事があり、きっと桜が綺麗だろうなと思って裁判所近くの鶴ヶ城に立ち寄りました。

予想通り、いや予想以上にここの桜は綺麗でした。

桜とお城、石垣やお堀との調和が本当に素晴らしい!

桜と白い城、苔むす石垣、深緑の堀、歴史の重みも感じられて、とても感動しました。

雨模様でしたが、雨にぬれた桜のしっとりした感じや石垣の苔のみどりがなんともいい感じでした。

調子にのってパシャパシャ写真を撮ってしまいました。

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凜とたつ鶴ヶ城。

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山と桜とお堀と松と。

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おまけのワンちゃんです。

ご覧いだだき、ありがとうございました。

さくらって、本当にいいものですよね。

それでは、また。

地震でブロック塀が倒れたら

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平成20年4月17日(木)

皆さん、こんにちは。

神坪です。

このところ、毎日ブログ更新しております。

今日も思いつきで、パラパラ書いておりますが、よろしければおつきあい下さいね。

さて昨晩、同期の勉強会がありました。

毎回、レポーターを決めているのですが、

今回は私担当でした。

何を題材にしたかといいますと・・

「地震が起きた後、ブロック塀が倒れて通行人に怪我をさせてしまったらどうなる?」というものを題材にしました。

今度、災害についてのシンポジウムが開催される予定なのですが、私が、仙台弁護士会の災害復興支援委員会の委員である関係上、そのシンポジウム用のレジュメを準備していたので、それを題材にしました。

さて、地震がおきて、自分の家のブロック塀が倒れて、通行人に怪我をさせてしまったら、治療費等を支払わなければならないのでしょうか?それとも、天災だから仕方ないでしょ、ということで賠償する必要はないのでしょうか?

大きな地震が起きると、問題になりそうなことですよね。

実際にも、昭和53年6月12日に発生した宮城県沖地震では、ブロック塀が倒れ、下敷きになったりして多くの方が怪我をしたとのことです。

民法の規定(717条1項)によると、工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を与えたときは、賠償責任を負うと定めています。土地工作物責任といわれるものです。

ブロック塀は土地の工作物にあたります。

では、工作物の設置又は保存に瑕疵、つまり問題があるというのはどんな場合なのでしょうか?

ちょっとした揺れで、すぐに倒れるようなブロック塀だったら、当然責任をとるべきですよね。

怪我した人にとってみれば、しっかりしたブロック塀を作ってくれといいたい。

他方で、あまりにも地震の揺れが大きくて、頑丈にしていたのに倒れてしまった場合にまで、責任を問われるのは、可哀相ですよね。天災による不可抗力として、責任は問われない方がいい感じがする。

では、どれくらいの揺れまで耐えるようにしておけば、瑕疵がないとして、責任を問われないのでしょうか。

ブロック塀の強度としては、どれくらいにしておかなければならないのでしょうか?

地震の強さは「震度○」とあらわされますが、

どれくらいの震度に耐えられるのであればよいのでしょうか?

ご存じでない方は、ちょっと考えてみてくださいね。

答えは次回に。

ところでデータによると、宮城県沖地震の発生周期は平均37.1年で、ほぼ周期どおり定期的に発生しています。昭和53年の宮城県沖地震から、今年の6月で既に30年となります。

そして、今後10年以内に発生する可能性は60%程度、30年以内なら99%という数字が示されています。

本当にいつ起きてもおかしくないのですね。

今日の朝方にも、地震があり少し揺れました。毎回ちょっとした揺れがある度に、「おおついに、宮城県沖地震か!」とびくびくしてしまいます。

起きるものは仕方ありませんが、

備えだけは、きちんとしておきたいですね。

皆さんは、地震の備えってされていますか?

それでは、また。

新鮮さ

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平成20年4月16日(水)

皆さん、こんにちは。

神坪です。

仙台では、昨日、今日と暖かい日が続いていますね。

裁判所の桜も見事に咲いていました。

ついこの間、葉っぱが落ちる前に紅葉の写真をとっておこう等と思っていたら、もう若葉がにょきにょきと生えてきているのですね。

この時期、日々変わる木々の青葉もまた写真でとりたくなるところです。

昨日見た風景とは、また変わっている。変化が実感できると楽しいものです。

昨日より、今日、今日より明日。

少しずつでも、成長するっていいですよね。

子どもは、心も身体もどんどん成長していきます。

外から入ってくる情報をどんどん吸収し、自分をかたちづくっていきます。

自分の子どもをみてもその成長カーブは驚くほどです。

大人でも、もちろん成長はし続けますが、放っておくと成長曲線は鈍りがちですよね。

「今のままでいいか。楽だし。面倒くさいし。」なんてこと考えたりします。

子どもは、好奇心のおもむくままに、どんな情報でも貪欲に吸収していきます。

どうして大人になると鈍くなりがちなんだろう?

大人になっても子どものようにどんどん吸収し成長していけるといいのになあ。

ちょっと考えて「新鮮さ」というのがポイントなのかなと思いました。

子どもは、見ること聞くこと、ほとんどのことが新しい体験で、「新鮮」でワクワクする。だからどんどん吸収していく。

他方で、大人になり、多くの情報や体験を吸収すると、普通に過ごす限りは、「新鮮」な体験をすることもなく、惰性で過ごしてしまう。

大人でも旅行にいって(特に海外旅行では)ワクワクするのは、見ず知らずの風景や人、空気に触れることで、自分が過ごす日常にない「新鮮さ」を体感するからでしょう。

その新鮮な体験は、たとえわずかなものであっても、深く記憶にとどまったり、新しい気づきを得たりすることがあります。「新鮮さ」により、成長曲線が、グンと上向きになるのですね。

様々な経験が蓄積されることで、メリットやデメリット、リスクやリターンを考慮、分析して、次にとるべき行動を選択することが出来るのかも知れません。

でも、この経験の蓄積のために、場合によっては石橋をたたいて渡るどころか、石橋の前で立ちすくんでしまうということもありがちですよね。

そして、「面倒くさいなあ、今のままでいいじゃない。」という声は、結構強力です。

それに「失敗するのは嫌だなあ。怖いなあ。」という声は、子どものころより、強く聞こえてきます。

でも、成長しない、変化しないって何だかつまらないですよね。

造花では、やはり、なんとも味気ないものです。

変化があるからこそ楽しい気がします。

「新鮮さ」を意識して、いつもの行動パターンを変えてみようかな、なんて考えています。

変えられる環境は自分で変えるようにして

新しいことにチャレンジしたりして。

皆さんは、この春、何か新しいことを始めましたか?

それでは、また。

環境と気分

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平成20年4月15日(火)

皆さん、こんにちは。

神坪です。

今日午前中、大河原に用事がありましたので、

ちょっと白石川沿いの桜並木をみに行きました。

大河原の「一目千本桜」ですね。

満開で、とても綺麗でした。

天気もよく、平日ですが、たくさんの方がお花見をしていました。

この大河原の桜は、桜と川と遠くに雪をかぶっている蔵王連邦の山並みとのコントラスト、バランスがとても美しいですよね。本当に絵になる風景です。

桜がひらひらと舞い落ちる中を、ゆっくり歩を進めていくと、穏やかで明るいウキウキした気分になってきます。

この気分が心地よいからこそ、多くの方々が、桜の木の下に集ってくるのでしょう。

こんな青空、桜の舞い落ちる下で、裁判や調停なんかをしたらどうかなあ?なんてふと考えました。

裁判所という荘厳な重苦しい場所で、対立状況やぎすぎすした関係で、お互いの主張をぶつけあう話し合いをするよりは、こんな明るい日差しの中で、落ち着いて話しあいができたら、お互いにとって、いい解決法が見つかったりするかもしれないなあと思いました。

近時裁判所も改修や立替をする際には、明るい雰囲気にしているようですが、ここは思い切って、事案によってはガーデン裁判、テラス裁判、青空調停なんてどうでしょうか。

夜中に目がさめて考え事なんかしていると、悩みや不安がぐるぐるとネガティブ頭になってきます。

暗い部屋で、深刻な話をしていると、益々暗くなってきますよね。相手を責めたり、自分を責めたり。

他方で、明るく、穏やかな環境の中に身をおくと、自然と前向きな考え方になりがちです。

そして前向きな気持ちでいる場合の方が、建設的な解決方法が見つかりやすいでしょう。

環境が気持ちに影響を与え、その気分が、紛争の解決に影響を与えてくるのです。

だから、どんな環境に身を置いているかって、とても大切なんですね。

自分で変えられるものであれば、できるだけ明るい気分になる環境にするようにするといいのかも知れません。

「この環境、変えられないかなあ。」と意識してみると意外にいろいろと変えられることに気がつきます。

視覚、音、温度、ひかりを意識して。

明るい壁紙やカーテン、綺麗な花、心地よい音楽、湿度、新鮮な空気、整理整頓、家具の位置を変えたり、余計なモノを処分したり。

ん?こんなこと言っておきながら、今周りを見ると、私の机の上ごちゃごちゃだなあ。美しくないなあ。

ごちゃごちゃしていると仕事の能率も上がりませんよね。あの資料一体どこへ行ったと、書類の山の発掘作業になったりして。

さあ、まずは掃除ですね。

掃除しようっと。

それでは、また。

気がつかない大切なもの

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平成20年4月14日(月)

皆さん、こんにちは。
神坪です。

仙台市街では、桜が見頃をむかえています。
綺麗ですね。

いつもこの時期思うのですが、「あ、あそこにも桜がある。そこにもある。」という風に、桜が咲いて初めてそこに桜の木があったことに気がつきます。

桜の木は、ずっとそこにあったのに、花が咲く一時期に
そこにあったんだねと私は気がつくのです。

あそこにも、そこにも、こんなところにも。桜があったんだねと。

昼間の月は、意識して見ようとしない限り、目に入ることはありません。存在にも気がつきません。

でも、夜輝く月は、「あ、今日は綺麗な月がでているね。」なんて視界に飛び込んできます。気がつきます。

昼間には、星は全くみえません。
でも、夜と同じように、そこには星が存在しています。
ただ、わたしたちが気がつかないだけです。

月や星は、夜には綺麗な穏やかな光を空にきらめかせます。
それを眺めると、そこにいたんだね。と存在に初めて気がつきます。

こんな風に、自分が気がついていないだけで、そこにはいろいろなものがあるかも知れません。

そして、その中には、自分にとってとても大切なものも。

それは、自分の身近に、当たり前のようにあるものかも知れません。

当然すぎてその大切さが気がつかないだけかも知れません。

あるいは自分だけが、知らないだけで、気がつかないだけで、遠くの誰かが自分の支えになってくれていることもあるかも知れません。

日頃、日常生活に追われて、忘れてしまっている大切な人、大切なものってありませんか。

それは、あなたのパートナーだったり、お父さん、お母さん、子ども、友人、恩師、上司だったり、

そしてあなた自身の夢や良心だったり。

仕事に追いまくられて余裕がなかったり、何かの悩みで心曇ったりしていると、そこにいる大切な存在をつい忘れてしまいがちになります。

まるで自分一人だけが、頑張っているような、苦労をしょっているような気がしてきます。

ひとりぼっちだ、孤立無援で闘っていると感じてしまうかも知れません。

でも、そんな時、一人心を落ち着かせて

「自分だけが気がつかないだけで、本当に大切なものに気がついていないだろうか?」

と問いかけてみてはどうでしょうか?

何か浮かんできませんか?

心の目でみて何か感じませんか?

私は、その問いを自分に投げかけてみると、
改めて、自分は多くの人に支えられてきて、支えられているということ、

それなのに自分は忘れがちになっていることに気がつきます。

大切なものがすぐそばにあったことに気がつきます。

日頃気がつかない大切なものに意識を向ける。

そしてそのような大切なものを大切にする。
感謝の気持ちをよせる。

そういったことが、自分を支え、また「おそすぎました」とならないためにも大切のような気がしています。

それでは、また。

万歩計のはなし

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平成20年4月9日(水)

皆さん、こんにちは。

お元気ですか。神坪です。

今年は、桜が早いようで、仙台では見頃は今週末になりそうですね。

天気のいい日に、散歩するのがとても気持ちいいです。

(あーでも花粉症の方は、まだまだ大変でしょうね・・・)

今私、万歩計を持ち歩いています。

昨年の11月末に買ったものですが、コナミの「イーウオーキーライフ2」というもので、USBでパソコンに接続できてデータ管理ができます。

この万歩計、コンパクトで、かたかた音がしませんし、万歩計本体でも2週間分データが保存できる優れものです。

私、1日7000歩に目標設定してますが(ちょっと少ないですか?)、ほぼクリアできてます。

数字で自分が歩いた形が残ると励みになりますよね。

6000歩を超えると、万歩計の表示が点滅して「あともう少しだ歩け」とせかすので、寝る前に家の中を意味もなく、うろうろして何とか7000歩にしています。怪しい?

そして、ファラッシュメモリのようにパソコンのUSBに接続すると、パソコンにデータが保存されて、これまで歩いた記録が残り、消費カロリーや歩行距離等にも換算できます。

いやいや、便利ですねー。

何よりダイエット関係(ステッパー、○○ブレイド、豆乳クッキー、ダイエットボールetc・・)でいろいろ挫折した自分がこうして5か月も続いているというのは、すごいなあと思います。

どうして続けることができたのでしょうか?

コンパクトで邪魔にならないというのもありますが、

自分が歩いた記録を保存しすること、自分が歩いた記録を確認することが面倒でなく、簡単にできるというところが大きいのかなと思います。

歩けば歩いただけ数字が残ります。

その数字を確認するというのは、励みになります。

ただ、健康のために歩こうというのではなく、数字が残ると「1日最低7000歩、今日は、今のところ5000歩、あと2000歩だ。頑張ろう。」「今日はもう8000歩、1万歩いくかも、頑張ったぞ。」と意欲が湧いてきますよね。

記録が残ることで、自分が何をしてきて、今自分がどんな地点にいるのかが分かります。

何が原因で、どういう因果経路をたどって、今の自分の状況があるのかが分かるのです。

そしてそれが分かることによって、行きたい場所、なりたい自分になるのは、今何をしていけばいいのかが見えてきます。

ですから、記録していくってとっても大事ですよね。

ただ、この記録をするというのが、結構面倒だったりする。

頭では記録することが大切で意味があると思っても、ノートをひろげて、書いてという作業はなかなかできませんよね。

以前、別の万歩計を使っていましたが、1ヶ月くらいで挫折してしまいました。

それは、昔の万歩計では、記録するためには、自分で記録をして、リセットをしてまた歩くということで、

           ↓

記録するのが面倒

           ↓

だから記録しなくなった

           ↓

記録が残らないから歩く張り合いがなくなった

という流れになってしまったからだと思います。

ですが、今使っている万歩計は、1日単位で記録をして、自動で保存してくれた上で、0時を境にして自動でリセットしてくれます。朝起きたら0歩になって、「さあ、今日も1日歩きましょう。」というわけです。

そして長期記録するための作業は、2週間以内にパソコンのUSBに接続するだけです。簡単、簡単。

記録していくことってとっても大事。

そして、「記録することを簡単にできるようにすること」がその前提としてとても大切になってくるわけですね。

記録することがとても簡単。

         ↓

簡単だから記録することが続いた。

         ↓

記録が続くから、自分の足跡が見えるから励みになる。だから、歩こうと思う。

そんな流れができた時に、ものごとは続けることができるのでしょうね。

こうして、私7000歩以上は歩き続けました。

偉いぞ自分!

ん?でもお腹の肉減っていないなあ。むしろ体重増えちゃったなあ・・・

ということは、目標設定が甘かった、食べ過ぎてしまったのか。

目標設定を見直してみましょう。

食事についても見直しましょう。

ということでしょうか・・・。

現実は厳しいぞ。

むむむ・・・頑張ります。

それでは、また!

新しい環境へ。

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平成20年4月2日(水)

皆さん、こんにちは。

お元気ですか。神坪です。

早いもので、暦は4月になりました。

新年度のスタートです。

仙台では、一昨日は雪、昨日は強風と

荒れた天気でしたが、今日は、春らしい陽気となっています。

裸の木々も、ほんのうっすらとですが緑の衣をまとってきました。春ですね。

この春を境にして、新しい環境に身をおくという方も多いかと思います。

私自身は、これといって大きな変化はありません。

ですが、私の身の回りには新しい環境へ行く方もいます。

お世話になった河上正二先生が、4月に、東北大から東京大へ移られました。

私が去年の4月からお世話になっていた整体の先生が、この4月に実家の名古屋の方で開業するということで、退職されました。

TBC気象予報士の斉藤さんも、3月いっぱいで辞めてしまいましたね。

私は、ラジオで聞いていたのですが、斉藤さんの親しみやすいしゃべりと同年代ということや気象予報士試験に苦労して合格されたということもあって、親近感をもっていましたのでとても残念です。

それから、私の友人が、拘置所から刑務所に行くことになってしまいました。

彼は本当は悪いことはしていないのですが、そう私は信じているのですが、彼は無実の罪で刑務所へ行くことになってしまいました。

私は、弁護団のなかで一番年齢が近いということで、彼も気を許してくれています。

私が弁護士になってホヤホヤといっていい時期に、彼と出会いました。

「最初の頃は、先生、法廷で緊張で声が震えて、先生大丈夫かなって思っていましたが、最近貫禄もでてうまくなってきましたね。」なんて褒めてくれたりしました。

私の健康状態や家族のこととかを気にかけてくれる優しい人です。

これまでは、拘置所に行けば、弁護人ということで、

立会人なくして、時間制限なしで面会することができました。

でもこれからは受刑者ということで、面会が制限されるかも知れません。一般面会は月に2回だけだそうです。

最高裁に上告を棄却されたことを知ってからは、法務大臣の刑の執行指揮書がきてしまうと面会できなくなると思い、週に2回ほど面会に行きました。

そして3月17日に執行指揮書はきてしまいました。

私としては、無実の人が、こうして刑務所に行かなければならないことが現実にあるということで、何ともやりきれない気持ちで一杯です。

そして、最高裁でさえ分かってもらえなかったという彼自身の気持ちを考えると、本当に申し訳ない気持ちになりました。

弁護団は、本当に頑張った。でも・・・

警察がおかしい、検察がおかしい、そして何より、このえん罪に気づかない裁判官がおかしい!!

そう思いながらも、自分の無力さが恨めしくなるのです。

その一方で、あの時以上、あれ以上どう頑張ればよかったのか、どうしようもないじゃないのか、という気もしています。特に主任の先生や弁護団長は、私生活を犠牲にしながら本当に頑張っておられました。

「先生、自分がどうして受刑者にならなければならないのか、わからないんです。現実感がないんです・・・どうして刑務所にいかなければならないのか・・。」

「刑務所って、反省するところですよね。僕は、一体何を反省すればいいのでしょう。」

そう涙を浮かべながら、いう彼の言葉が私の胸に重く沈み込んできます。

もちろん、再審請求は行います。でも現実にその門が開くのはとても厳しい。彼は実際上、長く刑務所で生活をしなければならないでしょう。

それを思うと何ともやりきれません。

守くん、ごめんね。

刑務所生活は辛いと思いますが、どうか健康に気をつけて耐えてください。

いつか君の無実であることが分かってもらえるときが必ずやってきます。

必ず。

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平成20年3月11日(火)

皆さん、こんにちは。
お元気ですか。神坪です。

先の日曜日は暖かい陽気で、近くの公園で
お弁当を食べました。うまかった。
外で食べるご飯ってどうしておいしいのでしょう。

さて、前回、小学1年生の教科書にのっている「はるのゆきだるま」の紹介をしました。お話はどのように展開していくのでしょうか。前回を読んでいらっしゃらない方は、まず前回の日記を読んでくださいね。

ゆきだるまさんは、どんな気持ちで、どうぶつ達を待っていたのでしょうか。

どんな気持ちで、はるがくるのを待っていたのでしょうか・・・

はるの ゆきだるま

いしなべ ふさこ 文

(前回からのつづき)

ふもとに 下りた どうぶつたちは、あっちこっちに はるを 見つけました。

小川の 土手の ふきのとうや つくしを つんだり、ちょうちょを おいかけたりして、むちゅうで あそびました。

「そうだ、ゆきだるまさんに おみやげを もってかえるんだった。」

子うさぎが、ゆきだるまとの やくそくを おもい出したとき、もう、さくらの花は まんかいでした。

「早く 早く、ゆきだるまさんが まって いるよ。」

どうぶつたちは、いそいで 花を つむと、山へ かけのぼりました。

でも、おそすぎました。どうぶつたちが、ついた とき、ゆきだるまは とけて しまって いました。

「ごめんね、ゆきだるまさん。」

子うさぎは、なきながら いいました。
みんなは、とけた ゆきの 上に、そっと はるの おみやげを おきました。

いつか、山は すっかり はるでした。
どうぶつたちは、げん気いっぱい 山を かけめぐって あそんで いました。
ゆきだるまのことは、もう、わすれて しまったかのようでした。

「あっ、ゆきだるまさんだ。ゆきだるまさんが いる。」

ある日、山の上から、子うさぎの 大きなこえが ひびきました。
どうぶつたちは、びっくりして かけより、子うさぎの ゆびさす ほうを 見下ろしました。

「わああい、ゆきだるまさんだ。みんな、いって みよう。」

子ぐまも 子りすも 子ぎつねも 子だぬきも、子うさぎを せんとうに、山をかけ下りました。

でも、それは、あの ゆきだるまでは ありませんでした。

ちょうど ゆきだるまの 立っていた あたりにさいた、たくさんの 白い花でした。

どうぶつたちは、だまったまま いつまでも、その花の ゆきだるまを 見つめていました。

 
           (おわり) 』
 

 
 
 
 
 
 
 
いかがでしたか?

ゆきだるまさん、やっぱり溶けてしまうんですね。

どうぶつ達が、ゆきだるまさんとの約束を思い出したときの、

どうぶつ達の「しまった!間に合ってくれ!」という気持ち。

そして、とけてしまっていたゆきだるまさんを見て

「ごめんね、ゆきだるまさん」と子うさぎが、泣きながらいった時の、

子うさぎや他のどうぶつ達の気持ち。

約束をまもることができなかった。

ゆきだるまさん、きっとはるのおみやげを楽しみにしていたのに、ずっと待っていたのに。

ごめんね、ごめんね、ゆきだるまさん・・・

それを考えると切ないですね。
「ごめんね、ゆきだるまさん。」

は、子うさぎが、ゆきだるまさんの気持ちに思いをはせてでた言葉でした。

ゆきだるまさんは、何を思い、はるを待っていたのでしょうか。

はるがくれば自分は溶けてしまうということは、分かっていたのでしょうか。

それでも、どうぶつ達がはるのおみやげを持ってきてくれることを楽しみにしていたのでしょうか。

そして、春満開となり、どうぶつ達が元気一杯、山をかけめぐって遊んでいたときに

「あっ、ゆきだるまさんがいる!」

と白い花になった ゆきだるまさんを見つけたとき、どうぶつ達はどんな気持ちだったのでしょうか。

その白い花を、どうぶつ達は だまったまま いつまでも 見つめています。

何を思いじっと白い花を見つめていたのでしょう。

はるのおみやげを楽しみにしていたゆきだるまさん、

ゆきだるまさん自身が、春の白い花になったんだね。そうだったんだね。

よかったね。よかった。

ゆきだるまさんにあうことができて、本当によかった・・・

じっくりかみ締めながら、どうぶつ達やゆきだるまさんの気持ちを考えていくと、

ジーンと胸に響くものがあります。

そして「おそすぎました。」ということがないように、

大切なことを忘れないようにと、思いました。

あなたは、このお話を読んで、どんな思いが心に浮かびましたか。

もしかすると、あなたは、大切な人と交わした約束、忘れていたりしませんか?

もし、そんな約束があったら、どうか「おそすぎました。」とならないようにして下さいね。

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それでは、また。
 
 
(ゆきだるまさんの気持ちを想像してみました。「はるの ゆきだるま3」

※関連のお話です。

愛をひっこめない

はるの ゆきだるま

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平成20年3月1日(土)

皆さん、こんにちは!
お元気ですか。神坪です。

2月も終わり、今日から3月ですね。
はるの足音が、一歩また一歩と聞こえるようです。

私の小学1年生の子どもが国語の宿題の音読をしています。

聞いていると、ついつい引き込まれました。
なんだかちょっと切なく、でもふんわりと温かいお話です。
このお話を子どもの高い声で朗読されると何故かジーンと来てしまいました。

はるの ゆきだるま

いしなべ ふさこ 文

山の中に、ゆきだるまが立っていました。

かぜの音と、ときどき木のえだからおちる ゆきの音のほかは、なにも聞こえません。
 

ゆきだるまをつくった村の子どもたちも、もうあそびにきません。
ゆきだるまは、ずっと ひとりぼっちでした。

ある日、森の中から話し声が聞こえてきました。

「 このあたりも、まだ、はるが来ていないね。」

「でも、ふもとのほうは、花が咲いているかもしれないよ。」

「さあ、いこう いこう。」
 

それは、山のどうぶつたちでした。

楽しそうに山を下りてくるどうぶつたちを見て、

「はるって、いったいなんだろう。」

ゆきだるまは 思いました。

「早く、はるをみつけたいねえ。」

どうぶつたつが、ゆきだるまの すぐそばを とおりかかりました。

「ねえ、ねえ、みんな、はるを さがしているの。」

ゆきだるまは、おもわず 声を かけました。

「うん、そうだよ。みんな もう、はるが まちきれなくなったんだよ。」

子うさぎが、かけよっていいました。

「はるって、そんなにすてきな ものなの。」

ゆきだるまが 聞くと、

「そりゃあ すてきさ。」

子ぐまも 子りすも 子ぎつねも 子だぬきも、かけよって きました。

「あのね、ゆきだるまさん。はるってあったかいんだよ。」
 
「木の えだが、いっぱい みどりの めを 出すんだ。」

「お花が いっぱい さいて、ちょうちょが とびはじめるのさ。」
 
「さあ、早く いこうよ。」

どうぶつたちは、またかけだしました。
子うさぎが、ふりかえって言いました。

「はるを みつけたら、ゆきだるまさんにも、はるのおみやげを持ってきてあげるね。」

「ぼくも、持ってきてあげる。」

「わたしも。」
 
ほかのどうぶつたちも やくそくしました。
 

ゆきだるまは、また、ひとりぼっちになりました。
でも、もう さびしくはありません。

「子うさぎさんたち、どんなはるの おみやげを持ってきてくれるかなあ。」

ゆきだるまの こころは、はるのことで いっぱいでした。

それから なん日か すぎました。空はだんだん明るくなり、
かぜもあたたかくなって きました。どこからか、小鳥の うたごえも 聞こえます。

「ああ、ここにも とうとう はるが やってきたのかなあ。」

ゆきだるまは、うれしく なりました。

後半につづく・・・ 』

ひとりぼっちだった ゆきだるまさん。

でも、動物たちとなかよしになってもう寂しくありません。

そして動物たちが、いっていた素敵なはるに思いをはせます。
はるのおみやげって何だろう。楽しみだなあ。

これからお話はどのように展開するのでしょうか。
このお話をご存じでない方は、ちょっと考えてみて下さいね。

では、後半は次回に

河上先生からのメッセージ

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平成20年2月25日(月)

皆さん、こんにちは!

神坪です。

先日は、もの凄い風でした。

さて、前回、私がとてもお世話になった河上先生のことについてお話しました。

その河上先生から、河上ゼミ卒業生にむけた温かいメッセージをいただきました。

とても嬉しかったです。

『 卒業生の皆さんへ

早いもので、廣中先生の御退官を機に、私が仙台に赴任してから17年になります。考えてみると、ゼミの1期生の方々が、今や当時の私の年齢(38歳)に近づいているようですから、月日の経つ早さを痛感します(先日、55歳の誕生日を迎えました)。

「ああ、松井の背番号だなぁ」と思っていたら、先日のニュースで松井が膝の故障で、ニューヨーク・ヤンキースから放出されるかもしれないなどという話題が報じられ、少し寂しそうな松井の後ろ姿を見ながら、しみじみした気分になりました。

連絡が遅くなって申し訳ありません。この度、東北大学をはなれ、東京大学に移籍することになりました。

皆さんが、仙台を訪れたときに迎えてあげることができなくなり、申し訳ない気持ちでいっぱいです。仙台や東北大学に対する愛着が強いだけに、個人的には随分悩んだのですが、これからの民法学界のことや新しい民法典編纂事業のことなどを考えると、自分に出来ることがあるのなら、もう一頑張りしてみようかという誘惑にかられて、ほんの僅かな差で針が振れてしまいました。

移動の4月が近づいて、だんだん気分が重苦しくなり、「判断を誤ったか」と思うことしきりですが、一度決めたことですから、このまま進むことにします。

荒れ放題の研究室の本を片付けながら、ため息ばかりついている今日この頃です。思い出が、山ほど詰まった研究室で、古いゼミの写真やレポートなどが出てくると、懐かしさで胸が詰まります。

とはいっても、後ろ向きに溜め息ついてばかりいても仕方がありませんから、ここは一つ、新天地に向けて頑張ることにいたします。こういうときは、右斜め上45度を向いて「何てことないさ!」と2回ほどつぶやくわけです。

この歳になると、色々考えることが沢山あります。自分の、これまでの時間が、いかに多くの方々に支えられてきたかがわかるようになり、誰彼かまわず御礼が言いたい気分になります。

とくに、学生達には、よくぞ私のような教師を相手に、講義を聴いたり、「先生、先生」と盛り立てて、大切にしてくれたなぁと感謝しています。まさに、教師は学生によって育てられるものです。

すこしでも、自分の研究や教育の成果を還元しないといけないと思って、数年前から教科書を書き始めました。

ドイツに留学してから、法の歴史の奥深さに感じ入って、「歴史の中の民法」というローマ法と現代法との対話をめざした本を刊行し、雑誌の法学セミナーでの連載を機に、「民法学入門」、「民法総則講義」を書き上げました(いずれも、日本評論社が出版社です)。

後の2つは、東北大学法学部での演習や講義をベースにしたもので、仙台に居る間に仕上げることが出来て、本当に良かったと思います。

また、機会があれば、本屋さんでのぞいてみて下さい。表紙の絵は、私がドイツにいるときに描いたもので、少々、趣味に走りました。

新天地でも、マイペースで研鑽を積んで、私なりに出来ることをやっていこうと思います。将来、「あの先生のゼミで勉強したんだぞ」と皆さんが誇りに思えるような仕事を、少しでもできればと考えているところです。

卒業生の皆さんも、これから先、大変なことや辛いこともあるかも知れませんが、自分の力を信じて、なんとか踏ん張って下さい。

いつも、応援しています。

ひとまず、仙台から、さようなら。

2008年2月20日

河上 正二

あらためてよき師に巡り会えたことに感謝の気持ちでいっぱいです。

河上先生も、どうぞお身体に気をつけて、頑張ってください。

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平成20年2月19日(火)

皆さん、こんにちは!

お元気ですか。神坪です。

まだまだ寒い日が続いていますが、晴れた日には

日差しの力が、確実に増しているのを感じます。春ももうすぐですね。

先週末、私が大変お世話になった東北大学の河上正二先生が、この春に東京大学に移られるということで、ゼミの同窓会を秋保温泉で行いました。

私と先生との出会いは、平成2年の春、私が大学4年生の時に、先生の民法ゼミに入れさせてもらったのがきっかけでした。当時先生は、千葉大学から移られてきたばかりの若手研究者で、38歳と今の私くらいの年齢でした。

春にゼミ受講の募集が行われ、受講を希望する場合には、掲示板に貼られてある用紙に名前を書くのですが、河上先生が一体どんな先生なのか、私達には情報がありませんでした。

そこで、他のゼミの申込み(特に他の民法や刑法、商法といった実定法関係のゼミ)は、応募者がすぐに定員を超えていましたが、河上先生のゼミは、応募者が少ない状況でした。

厳しい先生だったら、怖い先生だったら・・・

知らないものには、好奇心より不安が上回るものです。

こうして人気薄のゼミでした。

私は、いつもは不安が先走るタイプですが、この時は、なぜか直感で、いい先生に違いない、役に立つゼミになる気がすると思い、申込みをしました。

第1回目のゼミに出て、初めて先生を見、話をきいてみると、穏やかな語り口に、先生自身の熱意と豊かな知識と優しさがうかがえ、直感が正しかったことを確信しました。

私たちゼミ1期生は、ほぼ定員でしたので、選抜や抽選されることなく、応募用紙の名前を書きさえすれば、皆先生のゼミに入ることができました。

その後、先生のゼミは、東北大法学部において、超人気ゼミとなったため、多数の応募があり、選抜が行われ、なかなか入ることができなくなったそうです。

秋田県庁に勤めている河上ゼミ1期生の友人(加賀谷修君)が、昨年、県庁からの派遣で東北大学公共政策大学院に1年在籍していたのですが、「河上ゼミにいました。」とまわりの学生に話すと、「すごいですね!なかなか入れないゼミですよ!」と尊敬のまなざしで見られたそうです。

本当は、あの応募用紙に名前を書くだけで入れたのですが・・・

どうして河上先生のゼミは人気ゼミとなったのでしょう?

河上先生のゼミでは、前期が、判例を題材にしたチームでのレポート、後期が、判例を題材にした上で、あらかじめ立場を決められた上で、3人1組のチームごとに議論した上で、それ以外のゼミ生が、評決をするというディベート形式でした。

実際にあった意見が分かれるような素材を使用しており、ゲーム的な要素もあり、ディベートに勝つと先生から小さな賞状をもらえたりということもあって、楽しく勉強できた記憶があります。

ゼミの合宿とか芋煮会、ソフトボール大会といった学生らしい行事も楽しかったです。

そのような工夫とともに先生の講義では、抽象的な話に偏ることなく、具体的なケースに引きつけて、また他の概念と関連させたり、比較したりするようにして分かりやすくされており、私自身法律学が結構楽しくなった気がします。

そして、この要素が大きいのだと思いますが、先生の温かい穏やかな人柄にひかれる学生が多かったのではないかと思います。

私も含めて、法律の分からないところだけでなく、「これから自分はどのような進路がいいのだろう?」といった類の相談をしに多くのゼミ生が、先生の研究室を訪れました。

先生は、どんな忙しい時でも、おいしいコーヒーをいれつつ、私の話を穏やかに受け止めてくれました。

私が何度も司法試験の壁にはね返され、将来が見えないような沈んだ気分にいた時も、先生はダメだしするようなことは一切されずに、温かいコーヒーをだし、静かに私の話に耳を傾けてくれました。

コーヒーをすすりつつ、先生と話しをしていると「大丈夫、何とかなる。まだまだこれから。」そういった元気がでてきました。

こんな私のように、先生からの励ましや支えで、前に進むことができた卒業生も多くいるのではないかと思います。

先生は、第一級の研究者でありながら、人を育てる教育についても大切にされていました。私ごときのような者にも温かく指導してくれました。同窓会に集ってきた方々の様子を見ると、先生から影響を受けた生徒が立派に育っているのが見て取れました。

先生、大変お世話になりました。

先生の生徒で、本当によかったです。

お身体に気をつけて、新天地でのさらなるご活躍をお祈りいたします。

ありがとうございました。

親に選んでくれてありがとう。

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平成20年2月1日(金)

皆さん、こんばんは。神坪です。

今日から2月になりましたね。

今朝、もくもくとブロックで一人遊びしている子どもの背中をぼーっとみていました。

ぼーっと子どもを眺めているうちに

ん?この子は、ひょっとして私を親に選んで生まれてきたのかも。

そんな思いがふと頭に浮かびました。

たくさんいる人の中から、この人なら「お父さん」として大丈夫!と思って、私の子として生まれてきてくれたのかな。

そう思うと、この子に親として選ばれたことがとても誇らしい気分になってきました。

そして、

こんな私をたくさんいる人の中から親として選んでくれてありがとう。

わざわざ私のような未熟者の子として生まれてきてくれて本当にありがとう。

かわいいキミに親に選んでもらえて光栄だなあ。幸せだなあ。

と温かい気持ちになりました。

人の親になること、親であることは、それ自体、幾千万もの人の中から、子どもに「あなたの子になりたい!あなたなら私の親になれる!」とかけがえない唯一の存在として認められ、選ばれたのかも知れませんね。

だとすると親になる、親であるって凄いことですね!

私、その期待に応えているかなあ?

頑張ろうっと・・・

皆さんはいかがですか?

それでは、また!

雪かき隊出動!

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平成20年1月31日(木)

皆さん、こんにちは!

お元気ですか?神坪です。

早いもので1月も今日で終わりですね。

寒さの底あたりですが、随分日が長くなってきましたね。

先週の木曜日(24日)は、大荒れの天気で、自宅では20センチくらい雪が積もりました。

この冬初めて雪かき隊出動です。

夜10時ころ帰宅してから、雪かきをしました。

事務所のある市街地では数センチ程度でしたが、仙台市北部郊外の富谷の自宅に近づくにつれて雪が深くなっていきます。

自宅前でタクシーからおりた時、足がズボッっとめり込んだときはびっくりしました。

これは、夜のうちに雪かきをしておいた方がいい!と思い、雪かきをはじめました。

ふんわり、パウダースノウです。ふったばかりの新雪です。

雪かきをはじめた当初は、まだまだ、風が強く、吹雪いていましたが、しばらくすると雲が薄くなり、月が見え、そして星が見えるようになりました。

私は、九州生まれで雪になじみが薄く、また仙台に来てからも以前は仙台市の南部に住んでいたこともあって、富谷に引越をするまで雪かきというものをやったことがありませんでした。

当然下手くそです。腰が据わっていないし、段取りも悪い。

もっとうまく体と頭を使えば、効率よくできるのでしょうが、余計な動きばかりをしています。

何年か前に、何回も雪かきが必要な冬があったので、

大変だあと思い

妻に、「簡易除雪機を買おうか?雪とばし、何か面白そうじゃない?」なんて聞いてみましたが、あえなく却下されました。

軟弱者なんです。ごめんなさい。

いやいや結構腰にきます。全身運動です。でも、久しぶりの雪かきということでちょっとワクワクやっていました。

ふわふわの綺麗な雪、月明かりや街灯のひかりで白くひかる雪をせっせと運び、しばらくすると体は内側からポカポカ温まって来ました。

明日は、子ども達、ソリ遊びや雪だるまをつくったりして遊ぶのかな。いいなあ。

そんなことを考えてシャベルを運んでいました。

今年はあと何回雪かき隊の出動はあるのでしょうか?

何回もは辛いですが、あと2回くらいはいいですよ。

では、また!

借金問題にまず3つの書類を。

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平成20年1月17日(木)

皆さん、こんにちは!

お元気ですか?神坪です。

ここ数日寒い日が続いております。

冬の真っ最中ですね。

でも、日が暮れる時間が少しずつ遅くなってきて、着実に春に向かっていることを感じます。

以前、夢や目標は紙に書いておくといいですよ。

というようなお話をしましたが、

悩みも頭の中でグルグルさせないで紙に書くといいと思います。

・一体自分は何に悩んでいるのか?

・何が問題なのか?

・何か解決策はないのだろうか?

ということを意識しながら、ガーっと書いてみて下さい。

さて、借金問題で悩んでおられる方も、

まずは、紙とペンをもって自分の問題点、現在地点を確認してみましょう。

・自分の借金は、いったいいくらなのか?

・自分は一体いくらなら、毎月返済にあてられるのか?

・自分の資産はお金にかえるといくらなのか?

を確認します。

書くべき書類は、

① 債権者一覧表

② 家計収支表

③ 資産目録

です。

① 債権者一覧表

まず一点目は債権者一覧表です。

債権者一覧表を作成することで、今、自分の借金がどうなっているかが見えてきます。

多重債務をかかえている方の中には、毎月の支払に追われ、一体自分がどれくらいの借金をかかえているのかもよく分からない方もいらっしゃいます。

そんなの知りたくないという感情もあるかも知れません。が、まずは現状分析がスタートです。頑張って作ってみましょう。

一覧表のひな形は、仙台弁護士会のホームページにもございますので、そちらを利用されるとよろしいかと思います。

債権者名、住所、現在残額、毎月の約束返済額、当初借入年月日、使い途、保証人の有無について記入します。当初借入年月日は書類がなければ、自分の記憶でおおよそのところを書いて下さい。

② 家計収支表

次に家計収支表です。

収入支出のバランスシートです。ヤフーやグーグルで「家計収支表」と検索するとひな形を取り寄せられるかと思いますので、やってみてください。

この収支表の作成によって、収入と支出の状況特に自分がどこにどれだけ支出しているのかがわかると思います。そして現実的に、自分の収入からすると生活費を差し引いて、どれだけ借金返済に充てられるのかが、見えてきます。

多くの多重債務の方は、

「収入<支出(生活費+毎月の返済額)」

となっているでしょう。

このままでは、どんどん借金は増えていく運命にあります。

さらに、もし「収入≦生活費」であれば、生活費さえでない以上、当然返済の費用が出てこない訳ですから、破産するしかない、ということになります。

ただ、現状の生活費は、努力次第で減らせるかもしれません。どうしても必要な費用なのか、減らすことができる費用なのか考えてみてください。

「収入≧生活費」の場合、「収入−生活費=借金返済に充てられる金額」となるかと思います。その金額(毎月の返済可能額)を確かめてみて下さい。

任意整理による利息引き直し計算による債務圧縮や個人再生による借金一部カットで、家計収支表作成で出た毎月の返済可能額で返済できるかどうかが、破産かそうでないかの分かれ目となってきます。

③ 資産目録

最後に資産目録です。

自分名義の資産には、何があって、その財産的価値はどれくらいでしょうか。

資産としては、現金、預貯金、不動産、自動車、保険解約返戻金、有価証券、退職金、動産、債権(貸付金、売掛金等)等があります。

不動産については、資産価値がどれくらいで、残ローンはいくら残っているでしょうか?保険解約返戻金や退職金は、今かりに解約したり退職したりすると仮定したら、いくらもらえそうですか?自動車の価値はどれくらいでしょうか?

もし確認可能であれば、いくらなのか確認してみて下さい。

この資産情報は、破産や個人再生が可能かの判断と、破産におけるデメリットや個人再生における最低弁済額(最低ここまでは借金が残るという金額)がいくらになるのかの判断材料となります。

つまり、例えば、借金はたくさんあり毎月の支払に困っているが、不動産があり、それを売却すれば、返済可能な場合には、支払不能や支払困難ということにはならず、破産や個人再生手続をとることができません。

また、破産を選択する場合、借金が払わなくてよくなるかわりに、プラスの資産も原則として配当にまわされ所持しておくことはできなくなります(一定の手続をとれば、99万円までは所持することが認められる場合もあります)。

また個人再生手続の場合、最低弁済額の一つの基準として、現在持っている資産をお金に換えた金額分というルールがあります。ですから、資産を持っている方の場合、最低弁済額が上がっていくわけですね。

例えば、住宅をお持ちで、住宅ローンをがんばって繰り上げ返済をやって減らしてきた方は、不動産の資産価値(不動産時価−残ローン)が結構な金額となってしまい最低弁済額が高くなり再生を使えない(使ってもメリットがない)という場合もあったりします。

逆に、「自分は資産もなにもない。」という方は、破産における最大のデメリット(プラスの資産を処分しなければなられない)が事実上ないわけですから、破産手続に適しているということもできます。

また、個人再生手続においても、資産がないかあっても100万円未満ということであれば、借金の額が500万円未満であれば最低弁済額は100万円(毎月の返済額は3年で月約3万円)で済む可能性が高くなります。

破産や再生は、資産がない方のための制度(資産をお金に換えても借金を払えない人のための制度)ですので、手続上、資産がある方は使いづらいのです。

「資産があるなら、それを現金化して借金返済してください」という訳です。

・自分の借金は、いったいいくらなのか?

・自分は一体いくらなら、毎月返済にあてられるのか?

・自分の資産はお金にかえるといくらなのか?

こういった情報が大切になります。弁護士も借金問題の相談を受ける際には、相談する方の負債状況、返済能力、資産状況を把握した上で、どんな方針が可能なのか、望ましいのかを考えていきます。

ですから、事前に3つの書類準備されておくと、相談がかなりスムーズに行くかと思います。

仮に3つの書類を作成してみると、生活費の節約等で何とかなる、弁護士に相談するまでもない、ということがわかり安心できるかも知れません。

そして、冷静に自分の状況を見つめられるかも知れません。もうどうにもならない!と思っていても意外に何とかなるケースもあります。

特に消費者金融会社から長期間取引があるような場合には、自分は借金をたくさん抱えていると思っていたのに、任意整理をしてみたら、あれれ?借金はなくなり、さらに結構なお金が戻ってきた! !という話もあったりします(過払金の話です)。

悩みがある方は、

頭の中でグルグル思い悩まずに、紙に書いてみて下さい。

そして、これは何か手をうたないといけないなと思われたら、弁護士や司法書士さんへ相談してみて下さい。

それでは、また!

あけましておめでとうございます!

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平成20年1月4日(金)

皆さん、あけましておめでとうございます!

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

皆さんは、どのような年末年始を過ごされましたか。

平成ももう20年。はやいものです。

あなたにとって、今年1年が素敵な年になるとよいですね。

年頭にあたっては、今年はこんな年にしたい。今年はこんなことをしたい。これをマスターしたい。どこそこに行きたいと頭に思い浮かべる方も多いのではないかと思います。

中には、思い浮かばない、考えない方もいるかも知れません。

また、「考えてもどうせうまくいかない。続かない。だから考えない。」という方もいらっしゃるかも知れません。

でも、昨年は終わりました。

そして今年は始まったばかりです。

今年はこれから自分で作っていけます。

せっかくの機会ですので、

気持ちを切り替えていってみましょう。

今年をどんな年にしたいのか何も思い浮かばない方のために、以下、「誘導尋問」をさせていただきますね。

よろしければ、おつきあい下さい。

・あなたは、今年1年をどんな年にしたいですか?

・あなたは、どこへ行きたいですかか?

・あなたは、どんな物が欲しいですか?

・あなたは、何かマスターしたいことってありますか?

・あなたが、やりたいことって何ですか?

・あなたが、今抱えている問題をどのように解決したいですか?

・あなたは、どのような人と巡り会いたいですか?

・あなたは、その人とどのような交際をしたいですか?

・あなたは、どのような人になりたいですか?

・あなたの、夢や希望、目標がかなえられたとしたらどんな気分がしますか?

もし何か頭に浮かんできたら、あなたのそばにある紙にでもどんどん書いてみてください

何も浮かばない方は、心を落ち着けて、繰り返してやってみてくださいね。

そこで、あなたという船の舵が定まってきます。

それとともに、やりたいことへの推進力もじわーっと働いていくかと思います。

そして、そのための行動をほんの些細なことでも実行してみる。

きっと、何かが動き始めると思いますよ。

日頃は、ついつい、日々の日常の仕事の中で、おし流されそうになりがちですが、

お正月という暦が用意してくれたせっかくの機会ですので、自分が一体何をしたいのか、ということを落ち着いて考えてみてはいかがでしょうか?

私も、自分に問いかけていきたいと思います。

どのような弁護士になりたいのか?

どのような人になりたいのか?

どのようなことで大切な家族や大切なスタッフ、お客様に喜ばれることができるのか?

それでは、また!

※インフルエンザやノロウイルスにはくれぐれもご注意下さい。

サンタさんへのお願い。

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平成19年12月25日(火)

メリークリスマス!

お元気ですか。神坪です。

皆さんはどんなクリスマス過ごされましたか?

うちの子ども達は、事前にサンタさんに手紙をかいて枕元においておきます。

ちなみに今年の下の子は、こんな手紙を書きました。

「サンタさんへ

『アンパンマンのおままごとセット』をください。

ねねのためにきてくれてありがとう。

ねねより」

そして、朝起きたら、ちゃんとお願いしたプレゼントが枕元にありました。

とても喜んでいます。

自分はこれが欲しいとはっきりさせて、紙に書く。

願い事を紙にはっきり書いておく。

そうしたら、紙に書いた願いが実現しました。

嬉しいことですね。

「願いは紙に書いておくと実現する」

そういった話、聞いたことがありませんか?

受験生のころそういった話を、本を読んで知って、試しにやってみました。

本当かい?と思いながらも、そのとき何度も司法試験に落ちていた私は、それで願いが叶うならと実験する気になり、紙に願いを書きました。96年の秋のことでした。

「がんばれば、1997年10月に司法試験に合格する。」とA4の紙に書いて、机の前の壁に貼っておきました。

ちょっと恥ずかしいのですが、そうも言ってられません。ものは試しです。やって特に害があるわけでもありません。これで合格すればラッキーです。

そうして、のぞんだ97年の試験は?

紙に書いたことが実現して見事合格!!

とはいきませんでした。


残念ながら、またまた落ちてしまいました。

試験に落ちた日に「フン、紙に書いたから実現するなんて、そんなうまい話があるか!!」と机の前にはって日やけにした紙をはぎ取り、破り捨てようとしました。

が、その私のつたない字がかかれた古くなった紙を手にとって見たとき、この紙、1年私をみてくれていたんだよなあ、もう1年試してみようか、別に害があるわけでもないし・・・と破りすてるのが忍びない気がしてきました。

そこで懲りずに「97年」に×をつけて新たらしく「98年」と書き替え、また机の前の壁に貼りました。

時に、その私の書いた下手くそな字が、私を応援してくれるような気がしました。

そして、1年後、私は司法試験に合格することができました。

合格を知り、机の前の紙を見て、

あ、紙に書いたことが本当に実現した。ありがとう。

そう思いました。

そんな体験があるので、「紙に書いたことは実現する」は、本当にそうかも知れないと腑に落ちています。

そして、願いが叶えられるのは時間差ということがあるということも。ちょっと遅れてご注文の品が贈られてくることもあるんですね。

自分自身の心にオーダーを出します。

そのオーダーの仕方は、紙に、書きます。紙に書き出すことで明確になります。焦点がしぼられます。注文を受けとったサンタさんも、これで何をプレゼントすればよいか分かります。

そうすると、ちょっとタイミングのずれ、時間差はあるかも知れませんが、オーダーした現実が訪れるような気がしています。

そして、本によると、書き方としては、

既に実現した表現で、具体的に書くといいそうです。

例えば、

家が欲しい。→ 私はアメリカンスタイルの庭付き一戸建て5LDKに住んでいる。

海外旅行に行きたい。→私はオーストラリア旅行7泊8日の旅をしている。エアーズロックに登っている。

やせたい。→私の体重は○○キロだ。体重計の表示が○○キロになっている。

といった感じで、既に実現した表現で、具体的に紙に書きます。実現したイメージが鮮明になってきますよね。

私の経験上

司法試験合格以外にも

試しにやってみて、いくつか実現できたのがありました。

当時の自分の現在地点からすると本当に夢のような話もありましたが、ちゃんと注文の品が届きました。

ですから、今も、思いついたものは、ノートに書いていっています。どんどんオーダーしています。

恥ずかしいので、机の前には貼っていませんけれど。

大人には、サンタさんからのプレゼントはないかも知れません。でも、自分の心にオーダーを出し、叶えることができるのかも知れませんね。

あなたは、何でも叶えられるとして自分自身に何をプレゼントしたいですか?

何をオーダーしますか?

あなたの素敵な願いが叶えられますように。

それでは、また。

よいお年を。

光のページェント

平成19年12月12日(水)

皆さん、こんばんは。

お元気ですか。神坪です。

仙台では、今晩から毎年恒例の光のページェントですね。今年で22回目だそうです。

私が、東北大学に入学する前の年、1986年の暮れから実施しています。すっかり仙台の冬の一風景となりました。

仕事を終えて帰宅につく際に、「あ、もうページェントの季節なんだ。」と一年めぐったことを実感します。

青葉通りと定禅寺通りのけやきに1本1本丁寧に電飾をつけるわけですが、これはつける人は本当に大変ですね。

お金も結構かかっているそうです。

たくさんの人のおかげでこうして綺麗な光のショーを毎年見ることができるのですね。

ありがたいごとです。

私は、21年間ページェントを毎年見させてもらいました。

その時々の私のおかれた立場や心はいろいろでした。

大学生、浪人生、修習生、弁護士

一人で歩いたり、コンパのあとみんなで歩いたり、大切な人と二人で歩いたり・・・

楽しかったり、寂しかったり、落ち込んでいたり、嬉しかったり、意気揚々としてたり・・・

毎年変わらぬ景色ですが、感情を引き起こしやすい風景なのか、あの時、私がどんなことを考えていたのか、今とどう違うのかを呼び起こさせます。

1年の暮れの一時期にだけある綺麗な変わらぬ光景。でもそれを受け止める自分の状況は変化し、見え方も感情も違っている。

自分が変わったのか、変わらなかったのか、変わったとしてどう変わったのかを感じています。

あなたには、そんな光景ってありませんか?

地域の夏祭りとかもそうかも知れませんね。

そんな光景を眺めて、自分がいい方向に変化していること、成長、進化していることを実感できると嬉しいものです。

え、お前の今年のページェントではどうかって?

んー、あまり進歩していないような、変わらないような・・・

心静かにして、てれてれと光のトンネルの下を歩きながら自分の心に問いかけてみます。

それでは、また。

お元気でお過ごし下さい。

横浜散歩

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平成19年11月28日(水)

皆さん、こんにちは。

神坪です。

勤労感謝の日を過ぎると、街はグッとクリスマスモードになってきますね。

弁護士の仕事上、裁判所に出かけることが多いのですが、多くは事務所の近くの裁判所、私の場合は仙台地方裁判所となります。

ですが、時に、仙台以外の裁判所に事件がかかっていてそちらへ出かけることもあります。

現在私には、横浜地方裁判所にかかっている事件があり、何度か横浜地裁へ出かけました。

せっかく横浜まで来たのだから、デジカメもって、ちょっと散歩してみました。

横浜地方裁判所は、山下公園の近くにあり、ちょっと歩けば海の見える丘公園や中華街もあります。

裁判所前の通りも銀杏並木で、いい感じです。

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山下公園を通り、海の見える丘公園へ歩いていきました。

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やあ、猫さんこんにちは。

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外人墓地の脇を通って、元町へ坂を下りていきました。

中華街によって、子供達と江坂さんが好きなシュウマイをお土産に買ってと・・・

横浜地方裁判所付近は、散歩向きの素敵な街でした。

出張は、時間をとられてしまいますが、時間があれば、ちょっとした散歩は楽しいですね。


それでは、また。

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